第一話 運命の出会い
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ございません。
作中の用語、歴史、文化、習慣などは創作物としてお楽しみ下さい。
年に一度招待されるという異国の舞踏会。
着飾った男女が結婚相手を探す場でもあった。
会場の雰囲気はどこか浮かれたものとなっている。そうなるのも仕方が無いのかもしれない。彼らは異性と関わる場がこういった夜会でしかないからだ。
壁に背を預けて友人と共に立っていれば、目の前を通っていた令嬢と目が合う。
微笑みかけると、若い娘の頬は一瞬のうちに染まっていた。
――これはイケる!!
自慢でしかないが、顔には絶対的な自信があった。
銀色に光る長く白い髪を三つ編みにして、左胸の前から垂らしている。濃い青目は澄んでいると、家族の中でももっぱら評判だ。
令嬢はぽ~っと、見とれているように見えた。
しかし、物事はうまいように運ばない。
付添い人の女性が耳元で何か囁いたその瞬間、令嬢はその場から逃げるように去った。
令嬢の後姿を、切ない想いで眺める。
なぜ、こうなってしまったかというと、ある噂が原因だった。
「人の噂も七十五日っていうけれど、なかなか消えないものだねえ」
そう呟いたら、隣にいた友人が励ますように肩を叩いてくれた。
次は誰にアプローチしようか。そんな風に考えていたら、突然女性の黄色い叫び声が聞こえてくる。
扉から、一人の軍人が入り口から颯爽と現れたところだった。
友人に誰なのかと質問すると、『
なんでも、伴侶探しをする為に来ているとのこと。
久々の参加だというので、大騒ぎになっているようだ。
「あれ、男にしては線が細……!!」
まじまじと『紅蓮の鷲』を眺めていたら、目が合ってしまった。
鋭い目付きをした、猛禽類を思わせる軍人であった。
目が合った瞬間に気付く。あの人は女性であると。
ふらふらと蜜に吸い寄せられた虫のように女性陣の輪の中へと進んで行く。
『紅蓮の鷲』を囲んだ人だかりは、熱気を帯びていた。
「ジーク様、結婚なさるって本当ですか!?」
「ちょっと押さないで」
「退いて!! ジーク様が見えないじゃない!!」
ざっと二十名程の女性達が我が我がと押し合って『紅蓮の鷲』に近づこうとしている。
そんな中に男である自分が入り込んでも気付かない程に。
なんとか対面出来る位置を陣取り、『紅蓮の鷲』をじっくりと眺める。
近くで見ても彼女は隙のない、完璧な姿を見せていた。
橙色の赤毛は短く切り揃えられ、きっちりと整髪剤で撫で付けられている。濃い灰色の目は、キリリとした印象だ。胸元には戦場で活躍した証が輝いており、立ち姿は精悍であるとしか言いようがない。
「ジーク様、結婚して!!」
「駄目と言っているでしょう!? ジーク様と幸せになるのは私なんだから!!」
「ジーク様、わたくしの家に来れば苦労はさせませんわ」
一斉に始まった求婚攻撃に、自然と自分も参加をしていた。
「あの、俺と結婚して下さい!!」
「あなた、何を言って……え?」
黄色い声援が一瞬にして静まり返る。
男の声に違和感を覚えたのだろう。
「――い、嫌ッ!! 辺境の国の雪男だわ!!」
その叫び声をきっかけとして、周囲に居た女性陣は素早い動作で散り散りになり、軍人の後ろへと避難をしていた。
「どうして辺境の国の雪男がこんなところに!?」
辺境の国の雪男とは酷い言いがかりである。
そんな騒ぎを見せる中で、『紅蓮の鷲』は一人冷静な状態を保っていた。
「はじめまして!」
元気よく挨拶をする俺に『紅蓮の鷲』様は目を細めている。勿論警戒の意味で。
「……どうも、はじめまして、か?」
「ええ。お会いできて嬉しいです、『紅蓮の鷲』様!」
キラキラと、彼女を中心に世界が輝いて見える。
結婚を申し込んだあとだけど、今更ながら気づいた。
俺は、彼女に恋をしてしまったのだと。
背後に隠れて居る女性の一人がまたしても悲鳴を上げている。辺境の国の雪男の癖に生意気な! という罵る言葉も聞こえてきた。
『辺境の国の雪男』というのは、珍しい白髪や住んでいる土地を蔑称した呼び名だ。
そう。自分の統治するレヴォントレット伯爵領は、一年の半分が深い雪に覆われているという過酷な土地なのだ。
そんな領土を持つ者の嫁になってくれるという女性は今まで一人も居なかった。案外住みやすい場所だと偽って婚約者を連れて帰り、逃げられた事は一度や二度ではない。
冬は一度も太陽が上がらず、春も夏も秋のうっすら寒いという土地は、娯楽もなければ年々人口が減り続けるという、寂れた場所でもあるのだ。
統治する街に若い女性が居ないわけではない。異国で嫁を探している理由は別にあった。
かつてはトナカイを引き連れて遊牧をしていた狩猟民族を先祖に持つ俺達は、長い間近親婚を繰り返してきた。だが、そのせいで寿命の短く病気がちな子供が増え、子供の出来難い体質の者が増えてしまったのだ。
それに気が付いて異国の血を一族に取り入れたのは半世紀前という、ここ最近の話である。
そして、伯爵家の一人息子である自分も、どうにかして子孫を増やさねばならぬと異国の血を欲していた。
しかしながら、過酷な環境に耐えてくれる女性はなかなか現れなかった。
何度も女性を国に連れ込んでいくうちに付いた名が『
「ユキオトコ、と言ったか?」
「あ、いえ、リツハルド・サロネン・レヴォントレットと申します」
「失礼。我が名はジークリンデ・フォン・ヴァッティンという」
――や、やだ、名前もカッコいい。
彼女のあまりの男前振りに、眩しいものを見ているかのような気分となる。
ジークリンデは生命力に溢れた女性であった。自分には無い力強い眼差しに、心臓をぐっと掴まれてしまったのかもしれないと考える。
互いにどれだけ見つめ合っていたのか分からなかったが、近くで叫ばれた声で我に返った。
「ジーク様から離れて!! この変態雪男!!」
「!?」
いつの間にか近くに接近していたどこぞの令嬢が、手にしていたワイングラスをこちらに掛けるかのように向けた状態で近付いて来る。
「きゃあ!!」
「……」
絹を裂くような悲鳴は赤ワインを振り掛けようとした女性のものだった。
彼女の生成り色のドレスには赤い染みが広がっている。
いきなりグラスを傾けてきたので、零れないように相手の手首を掴めば、その行動は遅かったようで、液体はこちらに届かずに女性のドレスへと掛かってしまったのだ。
非難の声が砲撃のように降りかかってくる。勿論、集中的な攻撃を受けているのはワインを振りかけて来た令嬢ではなく、この雪男にだ。
「なんて人なの!!」
「大切なドレスを汚すなんて!?」
「ジーク様、お離れになって!!」
「危険ですわ!!」
「……」
ドレスを赤ワインで汚してしまった令嬢はスンスンと泣いている。その隣で俺も泣きたいと考えていた。
そんな涙で頬を濡らしている女性にジーク様が優しく手を差し伸べている。近くにいた使用人らしき者に何かを手配をして、その後、すぐに侍女らしき女性がやって来てどこかに令嬢を連れて行った。
なんて仕事の早い、気の利くお方だろうかと目を輝かせていたら、なんとこちらにも手を差し伸べて来たではありませんか!!
ジーク様、まさか令嬢のドレスをうっかり汚してしまったわたくしにも優しくしてくれるなんて、と思わず感動をしてしまう。
ところが、彼女の口から出てきたのは、ごくごく冷たい一言だったのだ。
「――少し、別室で話をさせて貰おうか」
「!!」
……あれ、これって職務質問というか、事情聴取的な、犯罪者予備軍に対する扱いと同じだよね!?
猛禽のような目で睨まれた俺は、大人しく市場に売られて行く家畜のような顔をしながら、ジークリンデの後に続いた。