短編

悪役令嬢の掌の上でした

作者:猫宮蒼

 大体全方向ハッピーエンド。



「アリアさんでしたっけ?」

「えぇそうよ、あの男爵家に引き取られた……」

「確かに見た目は可愛らしいかもしれませんけど……」

「でも、あれじゃぁねぇ……」


 そんな会話がアリアの耳に入ってきたのは、本当に偶然だった。

 アリアに気付いてあえて聞こえるようにひそひそやっている、というよりは、本当にアリアが近くにいる事に気付いていない。

 そもそもアリアは普段この場所を通る事がほとんどなかった。


 放課後の学園である。


 学園の生徒たちの憩いの場として用意されたサロンは、利用申請を出せば身分に関係なく使用できる。

 故に毎日大抵誰かしらが利用していた。


 アリアはたまたま近くを通りかかった。自分のクラスの教師の助手に頼まれて、教師に伝言を伝えに行った帰りであった。

 本来ならば助手が伝えなければならないのだが、その時うっかり怪我をしてしまってアリアは先に手当てを! とその場に居合わせていたためにお節介を焼いたのだ。


 そうして助手が怪我をしたので代わりに、と教師に頼まれていた伝言を伝え、いつもならまず通らないサロンの近くを通った時に使用中のサロン――の近くの空き教室からそんな会話が聞こえたのである。


 何故サロンでやらないのか。

 あっ、他の方が使用してるのね。はい。で、仕方なく空いてる教室で集まって会話に花を咲かせてるのね……とアリアは勝手に納得した。

 恐らくはクラスの違う令嬢たちなのだろう。同じクラスならそもそもそっちで集まっているはずだ。


 アリアは最初、自分の悪口を言われているのだと思った。

 無理もない。アリアの母親は貴族の愛人だった。男爵家の男に家を与えられそこで慎ましくアリアと生活していたが、食料を買いに出かけた母が馬車から解き放たれ暴走した馬に蹴られ当たった場所が悪かったのだろう。呆気なく死んだ。


 そして、男爵家では数日前に彼の妻が風邪を拗らせて亡くなったばかりであった。

 正妻は病弱で、跡取りを産むだとかそれ以前の問題だった。

 正妻も愛人であるアリアの母も両方愛していたアリアの父は、いきなり二人も愛した人物に死なれそれはもう落ち込みに落ち込んでいる。

 彼が何かしただとか、女同士の争いの果てにだとかではなくどちらもある意味不幸な事故みたいな流れで死なれているのだ。世は無常、と嘆くのも仕方のない話だった。


 アリアはそうして男爵家に引き取られた。


 そして気付いたのだ。

 あれ、これ前世で遊んだことのある乙女ゲームでは? と。


 母を失い、正妻が亡くなった男爵家に迎えられたヒロイン。


 と、まぁなんていうか悲劇的な感じでオープニングが導入されるわけなのだが、脳裏で前世の記憶が全力でこれだよこのシーンだよ! とばかりに主張してくる。気付けと言わんばかりに。

 このまま男爵家の令嬢として家に迎え入れられて、貴族としての礼儀作法だとか必要な知識だとかを学ばされ、そのうち家を継ぐ婿をもらうか、そうでなければ嫁に出されて政略の道具にでもなるのではないか、とアリアは思っていたのだが、しかしこれが乙女ゲームの世界だというのなら話が変わる。


 家に引き取られる前はこれからどうなっちゃうの……? とこれからの生活に不安しかなかったが、前世の記憶が蘇りここが乙女ゲームワールドであると知った今では、これからどうなっちゃうの~~~~!? という気持ちである。

 前者は生活に対する不安で、後者は人生に関する不安である。

 似ているようで微妙に異なる。


 大体、乙女ゲームなんてものはゲームだから楽しいのであって実際にリアルでやれって言われたらとても大変だと思うのがアリアだ。


 しかもこの乙女ゲーム、話の内容はシナリオライター手抜きでもしたの? ってくらい雑なのである。

 平民から貴族になったヒロインが貴族の通う学園に行き、そこで出会った令息たちと恋に落ちる。

 まぁ、一昔前の、というか昭和世代の少女漫画の王道みたいな古典的な内容であるのだ。イラストレーターと声優によってそうと思わせていないだけで。


 実際プレイしていた時はその世界観にのめり込み、何の疑問も持たなかった。ただただひたすらツラのいいイケメンにときめきをもらい、精神的な潤いをもらっていた。

 シナリオが使い古されて最早王道と化した、とかそこら辺はいいのだ。

 どうせある程度プレイしてたら共通部分はさっさとスキップするし、全員攻略した後に改めてプレイするなんて時も基本的に見たいシーンだけ見る、みたいな感じなので。もうシナリオとか割とどうでもよくなってるくらいに飛ばしに飛ばすが、結果として攻略対象が変わったことで微妙に異なる部分だとかを見逃すという事もない。

 個別ルートに入ったらそれなりにシナリオに違いは出るけれど、共通の部分は誰が相手だろうとそこまで変わらないのだ。



 令息たちと恋に落ちたヒロインに、しかし忍び寄る邪悪な影……

 そう、悪役令嬢である。

 悪役令嬢は実に様々な嫌がらせでもってこちらを追い詰めてくる。

 嫌がらせにバリエーション持たせるなどうせならシナリオにバリエーションもたせろ、と思ったのは何も前世のアリアだけではない、ってくらいに嫌がらせの方法が豊富すぎた。


 とはいえ、それは犯罪でしょ!? ってところまではやらない。ギリギリの絶妙加減。そんなところでハイスペックを披露するな。


 まぁ最後は悪役令嬢の嫌がらせが白日の下に晒されて、悪役令嬢は断罪されてそうしてヒロインは恋に落ちた相手と結ばれ幸せに暮らしました……という、童話にありがちなハッピーエンドであった。



 ところで話はそこまで変わらないが、アリアは既にこの学園生活を何度かループしている。

 一番最初、乙女ゲームの世界に転生したー!? と思いながらもどうにか攻略対象の一人と結ばれた。そりゃあ、シナリオも大体把握してるし今から誰攻略しようとも問題ないわ、くらいに思っていたけれどしかしゲームなら結ばれた時点でめでたしめでたしでエンディングだけど、アリアは万が一を考えたのだ。


 そう、エンディングを迎えた後、ゲームのシナリオ部分が終了した後。

 ゲームとして進んでいたうちはともかく、終わった後の現実を。


 ゲームシナリオとしての部分が終わった後も、現実であれば続いていく。

 それを考えたら、身分がとても上のお貴族様と結ばれるのは大変だろうなぁ、とアリアは考えたのだ。

 前世で友人が結婚した家が、ちょっと上流階級だったのもあって苦労している話、だとかを聞いていたのもある。

 普通に暮らしている分には箸の持ち方も多少おかしかろうと食べるときにぼろぼろ零さなきゃいっかー、くらいのノリで生きてた友人が、いい年してから箸の持ち方を矯正するところから始めなければならなかったのだ。

 食事風景を誰にも見られないのであれば持ち方などどうでもいいだろうけれど、そうはいかなかったので。

 所作の綺麗さはとても大事だったらしい。


 人によってはとてもコンプレックス刺激されそうな家庭環境で生きていかなければならないので、向上心とかポジティブさがとても必要なのだとか。

 まぁ、相手の家の親族の学歴だとか、経済状況とかで出る生活水準の違いだとか……人によっては拗らせそうだなぁ、と前世のアリアでも思った。


 身分制度とか特にない前世日本の世界でもそんな感じの苦労があったりするのだ。

 身分制度があって、なおかつお貴族様ともなればそこら辺、上に行けば行く程苦労するのが目に見えている。

 だからこそ最初、アリアは身分もそう高くない攻略対象を選んだのだ。

 それでも多少は努力と苦労をするだろうけれど、まぁでも想定の範囲内だろうし問題なかろうとも。

 それに、その攻略対象は攻略難易度も一番簡単な人で、悪役令嬢の嫌がらせもそこまでではない。そういう意味ではイージーモード。



 だがしかし、そんな彼と結ばれた後。


 気付けば時間が巻き戻っていたのである。


「なして!?」


 と思わず叫んだのは言うまでもない。思わず方言だって飛び出ようというものだった。


 戻ったのは、学園に入ったばかりの頃だ。

 貴族として迎え入れられた後なので、自室のベッドはそこそこふかふかであった。

 まさか今までの夢オチ!? と思いながらも学園に行き、そうしてまたもや見慣れた光景を見る羽目になったのである。


 攻略対象との出会い。

 ゲームでもさっきの現実に等しいレベルの夢かもしれないやつでも見たな、と思うもの。


 だがしかしつい先程結ばれたはずのお相手とは完全に初めましてのやりとりだった。

 わぁ、脳がバグりそう。わぁ……

 と、背後に宇宙を背負いつつもアリアは大いに困惑した。


 念のため、もう一度同じ相手を攻略した。

 時間が巻き戻った。


 え、ナニコレもしかして他の攻略対象もクリアしてコンプリートでもしないと終わらないとかいうやつなの……? と疑って、次に攻略がそう難しくない相手を狙ってみた。


 結ばれて、巻き戻った。


 自室で頭抱えて叫んだのは言うまでもない。


 ここで、アリアは悟るしかなかったのだ。

 えっ、攻略が難しかった野郎どもも落とさないといけない感じか……!? と。

 身分が上の令息を狙えばその分悪役令嬢の嫌がらせや虐めといったものも相応に強烈になる。

 えっ、あれ耐えないとダメ……!? キッツ……!!

 という心境になるのも仕方のない話だった。


 ゲームで画面越しに見ている時でもうわぁ、と思う程度にはエグイのもあったのだ。

 それをヒロインとして直接実際に体験できるよ! とか言われてもなんにも嬉しくない。


 だがしかし、このわけのわからんループから抜け出すためには恐らく全員の攻略が必要なのかもしれぬ、となればやるしかない。下手すると記憶が前の分とかと混ざってフラグ変な感じに折れたりしない? と恐々としながらもどうにか攻略をしていく。


 そうして一人、また一人と攻略をしていったわけだ。そして巻き戻る時間。

 アリアの脳内で賽の河原が想像されたのは言うまでもない。


 攻略すると巻き戻る。

 石を積むと鬼が崩しにやってくる。


 うん、大体同じじゃん……?


 つまりどっかに鬼が……!? という思考になるのも仕方のない感じであったのかもしれない。


 そうして、いよいよ攻略最難関である王子に手を付ける事となったのである。

 この頃にはもうアリアも何度も繰り返した事で学校の勉強とか同じところを何度もやってるのでそりゃあ成績もそれなりに上がっていくし、礼儀作法だとかマナーだとか、淑女として必要なあれこれだって身についてきた。

 最初の頃と比べると見違える程に。


 ステータスを引き継いでの攻略なので、それなりに容易ではあったのかもしれない。

 前世でプレイしたゲームにはステータス引継ぎなんてなかったし。


 けれどもそれでも、悪役令嬢からの嫌がらせは正直心折れそうだった。

 とはいえ、若干、緩くなっていた気もする。

 本来ならば礼儀も何も弁えていない娘が厚かましくも高貴なる身分の御方に近づいている、というのも悪役令嬢からすればアウトだったわけで。

 だがしかし、王族と接するにも問題ないくらいに現在のアリアの所作はかなり綺麗になってきたのである。


 だからこそそういった点を突かれるような事はあまりなかった。


 そうして王子を攻略し、いよいよエンディングへ突入――するかと思われたのだが。


 なんとそこでゲームにはない展開が発生した。


 悪役令嬢がやった虐めだとかの証拠を携えて、これでお前の天下も終わりだ! とばかりに断罪して王子と結ばれて終わるはずが。


 なんと悪役令嬢にその証拠だけでは証明になどなりませんわよ! と返されてしまったのだ。

 ゲームに無い展開。

 ゲームだったらこの証拠で問題なかったはずなのに、しかしそうならなかった。


 確かにこれは悪役令嬢を断罪するためのものだったはずなのに。


 動かぬ証拠、と言える程でもなく、それ故に悪役令嬢に逆に言い返されてしまったのである。


 この場面までくる時点で普通なら好感度が足りているはずだから、ゲームであれば失敗しようがない。

 というか、好感度が足りなければそもそもこのイベントに入れないまま終わるのだ。

 あまりにもあちこちふらふら目移りさせてゲームを進めるか、はたまた意図的に誰とも関わらないようにすれば到達できるエンディングになってしまう。要はバッドエンドである。

 まぁ乙女ゲームなので、攻略対象とくっつかない時点でゲームの趣旨無視してるわけだしそりゃそうだろうとは思うのだけれども。


 断罪できずに終わる、というのはゲームでもない展開で、だからこそどうなるのだろう、と思ったのだけれど。


 気付けば巻き戻っていた。

 えっ? と戸惑ったのは言うまでもない。

 ともあれ、王子を攻略するのには失敗したのだ。

 王子を攻略すればきっとこのループ、終わるはずだと信じて再びアリアは頑張った。

 前回の失敗を糧に、今度こそ! と臨む。


 そして負けた。


 証拠や証言の集め方が足りなかったのだろうか。ゲームだったら充分すぎると思えるものの、現実ではまだ足りぬという事か……とアリアは再び奮起した。


 悪役令嬢に目を付けられる前に味方を増やそうと試みたり、難癖つけられないように努めたり。


 そうして実際に途中のイベントで悪役令嬢に嫌味を言われたりする場面だとかは消滅したのだけれども。


 最後のイベントでまたもや負けたのである。


 そして一体どうすれば王子を攻略できるんだ、ゲームより難易度上がってるんじゃないか……? と思いながら試行錯誤していたところで、アリアは空き教室からの会話を耳にしたのである。


 どういう事? と思いながらもアリアは空き教室に入り――込んだりはせず令嬢たちに見つからないようにしながらも壁にぴったりくっついて耳を澄ませた。


「イヴリン様も大変ね」

「えぇ、毎回時を戻すのに大量の魔力を消費されるのでしょう?」

「限界が来る前に、あの方がきちんと真のエンディングを迎えられるといいのですけれど」

「私たちももうこれ以上お手伝いはできないものね」

「それもそうね。そろそろ力使い果たして消滅しそう」

「まぁ、そうなれば妖精界に帰るだけですから」

「あちらの世界はそれはそれで退屈なのですよね」

「ふふふふふ」


 複数の笑い声が教室の中で響く。

 そうして、笑い声が途絶えたらそれきり何の音も聞こえなくなってしまった。

 つい今しがた耳にした声も何もかも幻だったのでは? と思ってしまって、アリアはそっと教室の中を覗き込む。



 誰も、いなかった。


 妖精って言ってたな、と思いつつも、王子ルートの悪役令嬢イヴリンを思い返す。

 悪役令嬢はどのルートでも同じというわけではない。

 王子の婚約者が男爵令息に言い寄るヒロインに嫌がらせとか下手をすればそちらの令息に想いを寄せてるとか思われて修羅場一直線になりかねない。

 攻略対象ごとに悪役令嬢は異なっていて、イヴリンは王子の婚約者であり悪役令嬢なのである。


 時を戻すと言っていた。

 つまりこのループ、あの悪役令嬢の仕業ってこと……!?

 てか、真のエンディングって何。


 力使い果たして消滅って聞こえたし、ではこの教室に誰もいないのはつまりそういう事?


 もう何が何だかさっぱりだったけれど、これを見逃して放置してはいけないというのだけはハッキリとわかる。

 イヴリンが果たして今もまだ学園に残っているかはわからないので、一先ずアリアは今日の所は自宅に帰り、そうして手紙を出すことにしたのである。

 悪役令嬢にして王子の婚約者、公爵令嬢イヴリン・ヴォリアードに。




「確かにわたくしが時を戻しておりました」


 話し合いの場が整えられたのは、手紙を出して三日後の事だった。

 人払いもされてアリアとイヴリン二人きりである。

 使用人すら扉向こうに追いやられ、大声を出しさえしなければ会話を聞かれる事もないだろう。


「どうして」

「順を追って、説明しましょう」


 そうしてイヴリンの口から語られた内容は、アリアにとってはぶっ飛びすぎていてちょっと理解が追い付かなかった。



 まずイヴリン。彼女は公爵家の令嬢として生まれたけれど、しかしその中身は実は精霊王の娘なのだという。

 成程だから時を戻す魔法だとかが使えたわけね、と納得はした。生憎とこの世界貴族だったら魔法が使えるとか、王家の人間だけが使えるだとか、そういったやつではないので。

 妖精だとか精霊だとか、伝承の中だけ、みたいに言われているけど全くいないわけでもなくて、そういうのが不思議パワーとして魔法を使うのだとも。


 イヴリンはいずれ精霊王の所へ帰らなければならない。

 ちょっとした手違いで人間界に生まれ落ちてしまったのだとか。

 そして、精霊界に戻ったら人間の世界には気軽に足を運ぶ事もないのだとか。


 そうなると何が困るか。


 イヴリンは王子の婚約者で、このままいけばいずれは王妃である。

 その王妃が早々に死ぬとなれば、まぁ色々と大変だろう。

 新たな王妃の選出、選ばれた者がすぐに王妃となれればいいが、誰でも簡単になれるようなら苦労はしない。


 婚約者を辞退しようにも、他に丁度いい感じの令嬢がいない。

 家柄や血筋、年齢だとかで他にいないわけでもないが、今から王妃としての教育をとなれば大変難しいのである。


「だからこそわたくしは探しました。この事態を解決に導いてくださるだけのポテンシャルを秘めた人物を。そしてそれが、貴方だったのです。アリアさん」


 精霊眼はお見通しでしてよ、とか言われましてもな……という気持ちでいっぱいだった。


 だがしかし、突然イヴリンがアリアに協力をもちかけたところでそもそもお互いに接点がない。

 いきなり公爵令嬢、未来の国母にアリアが声をかけられるような事はまず無いと言ってもいい。むしろ話しかけられたらびっくりする。


 しかも最初アリアは王子ですらない男爵令息と結ばれてしまった。

 これはいかんとイヴリンは時を戻した。


 アリアには王子と結ばれてもらわなければならないのだ。


「でも王子と結ばれるところで妨害入ったじゃない」

「貴方風に言えばステータスが足りないのです」

「ステータス」

「えぇ、ただ結ばれるだけで良いのなら、わたくしとてわざわざ貴方を選んだりしません。血筋や身分でもうちょっと王子の婚約者に選ばれるのに無理のない立場の人から選びましてよ」


 そりゃそうだ。


 イヴリン以外にも身分の高い令嬢はいる。

 そちらから選べばいいだけの話だ。


「ですが、前回の記憶を引き継いで時を戻さないと、毎回同じ失敗をやらかす人も中には出るかもしれないでしょう?」

「まぁ、それはそうね……?」

 前の記憶がないのなら、確かに前回の失敗を繰り返さないように……なんて思うはずもないし、知らず無意識に同じ失敗をするかもしれない。

 わかっていてもどうしても失敗する、なんて事もある。

 ほら、アクションゲームでそこに障害物があるってわかってても上手く回避できる操作ができるかどうかはまた別の話っていうか……まぁそんな感じで。


 だが毎回同じ失敗を繰り返されては勿論困るし、それ故に前回の記憶を引き継いだ状態にしても、人によってはそれが耐えられないのだとか。


 まぁ、わからなくもない。

 アリアだって最初時が戻った時は何事? と思ったし。

 アリアは転生者でゲームで繰り返しプレイとか、そういうのを知ってるしなんだったら小説で過去に戻る、なんていう話もそこそこ読んでいたので「ははーん」って感じで察したけれど。

 とはいえ、その状況を理解しても何故そうなってたのかがわからなかったので色々と試したのだから。


 だがきっと、この状況がさっぱりわからない、心当たりもない、といったこの世界の常識しか知らないご令嬢であったなら。

 何度も記憶を持ったまま繰り返すのは、下手をすれば気が狂うのではないだろうか。

 勿論最初は前回の知識を使って自分に有利に事を運ぼうと考えるだろう。

 だがしかし、途中で毎回時間が巻き戻っていくのなら。

 どうしたら先に進むかもわからないままであったなら。

 よりよい未来を目指したところで、いつかそのうち心が折れてしまうのではないだろうか……?


 アリアは逆行ってやつね、とかどうにかすればこのループも終わるんじゃないかしら、とか、前世の知識によってなんとなく希望を持っていけるけれど、そんなの全然知らない令嬢であればどうして毎回同じ時間を繰り返すのか、前回の事を今回うっかり話してしまって不審に思われたりするかもしれない、だとか。

 誰に相談しようにもこんな荒唐無稽な出来事、どうやって、なんて感じで。

 下手に前と違う行動をとった結果未来で起きる出来事も変わってしまえば、これから〇〇があります、なんて言って外れたら。

 その時は頭のおかしい令嬢扱いだ。


 なんて、色々と考えたらどこかで壊れるだろうな、とはアリアでもわかるわけで。


 結果として何度繰り返しても適性があるから大丈夫! とされたのがアリア、と言われればまぁ、わからないでもないのだ。そうだね自分この現象に若干とはいえ耐性あるから。


「ちなみにステータスが足りない、というのはどのように?」


 ゲームだったらとっくに王子エンディング迎えてるんだけどなー、と思いながらもイヴリンに聞けば、

「ただ王子と結ばれればいいというわけではないのです」

 と、イヴリンは大まじめな顔をして言った。


 王子と結ばれるだけでいいなら確かにとっくにエンディングを迎えている。


 だがしかし、王妃となるには色々不足しているのだ。


「わたくしの代わりに王妃となっても結局王妃としての資質が不足している、だとかで側妃を、なんて事になれば政治的に荒れるでしょう。しかも王妃が男爵令嬢であるならそれ以上の身分だった令嬢は側妃を拒絶する可能性が高いです。貴方が側妃となり、代わりの王妃をとなればやはり荒れます」

「それはまぁ、そうね」

 だったら最初からそれ相応の身分の令嬢を、ってところに戻ってくるわけで。


「王妃になったところがゴールではなく、そこがスタートなのです。なので王妃として不足しかない状態だと、反王妃派みたいな勢力があっという間に貴方を追い落とそうとするでしょう。下手をすれば殺されます」

「わぁ」


 確かに、政治だとかはそういうの普通にあるなと納得する。

 しかもここは前世の世界ではない。邪魔者は平気で暗殺とかありそう。うわ怖ァ……


「わたくしは今までの時間の中で貴方に足りないものを伝えてきました」

「そういやお小言っぽいのは減ってきたっけ。でも最後の断罪シーンで返り討ちにされるんだけど」

「言い逃れできないレベルの証拠がないのですもの。精々状況証拠と、確固たる、とまでいかない微妙な証言ではねぇ……わたくしも一応尻尾を出すべく証拠になるべき物は残してるのに、それを取りこぼすのですもの」

「うぐぬ……」


 完全犯罪を狙おう、とかではないらしい。

 それどころかきちんと動かぬ証拠も用意してくれているらしいのに、アリアがそれをゲットしていないのが悪いときた。

 勝てるルートは用意してある、と言われればあまり文句も言えない。

 これが絶対勝てないのに何がなんでも勝て、とかいう無茶振りなら文句も言えただろうけれど。


「それに、この国は精霊や妖精たちにとってもなくなると困るのです。だから、下手に国内を荒らすような状況にはしたくないし、なるべく盤石でないとこちらも困ってしまうの」

 かといって妖精や精霊が大っぴらに協力もできないし……と言われてしまえば何とも言えない。


「正直王妃とか荷が重たいんですが」

「でも、そうしてくれないと困るわ。この国が亡くなるような事になれば、他の人と結ばれても貴方結局死ぬのよ?」

「うわぁ」


 そう言われるとどうしようもない。


 攻略対象の中で彼が一番の推しです! とか言えるくらいにもうこの人以外とくっつくとか考えられないの、みたいなのがいればまだしも、アリアにとってはそうではなかった。

 この世界に転生した以上はできるだけ平穏に生活したいし、死ぬなら最期はぽっくり寝てる間に逝きたい。

 だが、国が荒れるとなればそれも難しくなるだろう。

 他の国に行こうにも、アリアが父に何を言えばそうなるのかはわからなかった。


「貴方が王子と結ばれれば、わたくしは断罪されて修道院行き、となります。

 実際は頃合いを見て精霊界に帰るのですが。幸いにもまだ何度かは繰り返す余裕があるわ。頑張って」


 ここでヤダ、とごねたところで、イヴリンの望まぬルートに進んだ時点で時間は巻き戻るのだろう。どう足掻いてもイヴリンの言うとおりにするしかないのだ。なんてこった。


「じゃあとりあえず、今回と次くらいはちょっと王子と関わるのお休みして王妃として相応しい教育を貴方がしてくれればいいんじゃないの……?」

「それもそうね」


 こうして接点ができたのであれば、わたくしたち友人になりましたの、とか言っておけば一緒にいる口実もそう困らないだろうし、休日もイヴリンの屋敷で勉強ができる。

 いや、勉強は率先してやりたいわけではないけれども、しかし王妃になることだけがループからの解放となれば致し方なし。


 かくして、地獄のレッスンが幕を開けたのであった。




 ――さてその後。


 身分を超えた恋愛の話が新たに生まれた。


 男爵家という低い身分でありながらも王子と恋に落ちた令嬢と、そんな令嬢に真実の愛を見た王子。

 本来王子には婚約者がいたけれど、そんな真実の愛に心を打たれた婚約者は潔く身を引いて遠くから二人の幸せを祈ることにしたのだとか。


 いくらお互いが愛しているといったところで、王妃が果たして本当に務まるのか……? と疑問に思った者たちも当然いたようだけれど、その男爵令嬢はとても優秀だったからか、かつての婚約者にも劣らない程で。

 あっという間に彼女は王妃として認められたのである。

 王となったかつての王子をよく支え、多くの者たちの支持を得て、国はますます栄えていったのだと言う。



 まぁ実際、そんなハイスペック男爵令嬢は何度か時間を巻き戻されていたので人生何周目? ってくらいに教育されまくった結果であった、なんて勿論知るはずもないし、早々に身を引いたかつての婚約者であった公爵令嬢が実は精霊王の娘であったがために身を引くしかなかった、なんて事実も知るはずがない。


 真実を知る者は、当事者である二人だけだった。


 とはいえ、もうこれでループしなくて済むんだという安心感。

 無事に王子と結ばれて、王子の方は間違いなく幸せである。

 アリアに関しては何周か繰り返したので新鮮味がないな、とかちょっと失礼な事も思っているが、それでも色々とひっくるめて彼の事は嫌いではなかったので、傍から見ても充分熱愛カップルであった。いや、もう夫婦なのだけれども。



 遠い精霊界から、そんな国内の様子を確認していたイヴリンもまた、ようやく終わった……と肩の荷を下ろした事までは流石にアリアも知る由がない。

 次回短編予告

 婚約破棄から始まる転落人生。

 ざまぁというより自滅する感じのやつ。

 安定のその他ジャンル。

 文字数は今回より少なめ。