没落令嬢フランセットは、義母と再会する
ガブリエルの転移魔法で、スプリムの地へと下り立つ。
湿気を多く含んだ空気を感じると、帰ってきたのだと実感する。
スライム大公家に戻ると、ニコがアレクサンドリーヌと共に駆けてきた。
「フランセット様ーーーー!!」
涙を滝のように流し、無事に戻ってきてよかったと喜んでくれた。
アレクサンドリーヌもガアガア鳴いて、興奮しているようだった。
遅れて、リコやココもやってくる。
リコは深々と頭を下げて、謝罪した。
「本来ならば、私共が常に侍り続けないといけないのに、このような事件を招いてしまいました。本当に、申し訳ありません」
「事件が起きたのは、勤務時間外の早朝ですもの。私の勝手な行動が原因だし、あなた達は悪くないわ」
「しかし――」
「あなた達が一緒にいても、誘拐は実行されていたはずよ。むしろ、危険な目に遭わせなくてよかったわ」
リコの瞳も潤んでいた。安心させるように肩をポンポンと叩く。
ココはニコやリコにつられる形で、涙を流していた。
「フランセット様、これからは、私もお傍にいる時間を多く取るようにします」
「あら、ココが絵を描いてくれなければ、私達の事業は成り立たないのに」
「え、ですが、このような事件は、二度と、あってはならぬと思うのです」
「だったら、私の傍で絵を描いてちょうだい」
「わ、わかりました」
三つ子はまだ不安そうにしていたので、ひとりひとり抱きしめる。耳元で、心配をかけてごめんなさい、と謝った。
ますます泣かせてしまったので、失敗だった。
家令のコンスタンスが駆けつけ、三姉妹とアレクサンドリーヌを連れて下がっていった。彼女に任せていたら、大丈夫だろう。
続けて、義母のもとへ向かった。
私を見るなり、義母は走ってやってきて、その勢いのまま抱きついた。
「フランセットさん!!」
隣に立つガブリエルがぎょっとするほどの、熱烈な抱擁であった。
「ちょっ、母上、何をしているのですか!」
「だって、心配だったのですもの!!」
私が戻ってくるまで、食事も喉が通らなければ、睡眠もまともに摂れなかったらしい。
離れて気づいたのだが、目の下にはくまがあり、いつもより顔色も悪かった。
「申し訳ありません。心配を、おかけしました」
「謝らないでくださいませ。フランセットさん、あなたは何も悪くない。悪いのは、クレマン叔父様で――」
義母は目眩を覚えたのか、体がふらつく。ガブリエルと同時に、体を支えた。
「母上、いったん座りましょう」
「水を飲んだほうがいいかもしれません」
なんでも私がいなくなってからというもの、義母は水の一杯すら口にしていなかったらしい。
「母上、どうしてそのような無理を?」
「だって、攫われたフランセットさんだって、同じように飲み食いできていない可能性があったでしょう? それを思ったら、何も口にできなくなって」
「お義母様……!」
義母は私が誘拐されてからの話を、涙混じりに話す。震える義母の背に、そっと手を添えた。
「叔父が、乱暴を働いてしまって、なんと謝罪すればいいものか」
「他人の罪は、お義母様の罪ではありません。どうか、謝らないでください」
「でも――そうね」
納得してくれたので、ホッと胸をなで下ろす。親戚とはいえ、あまり気に病まないでほしい。
義母は何か決意したように顔を上げると、思いがけないことを提案した。
「フランセットさん、帝国のお母様と、お姉様のところで療養したらいかが?」
「え?」
「ここに、いたくないでしょう? お母様とお姉様の傍で、ゆっくり休んだほうがよいと思います。そのほうが、心も癒やされるかと」
驚いた。スプリヌの地に私がいることを、誰よりも歓迎していた義母が出て行くように勧めるなんて。よほど、今回の事件に対して責任を感じているのだろう。
「わたくしが、手配します」
「お義母様、待ってください」
「な、何でしょう?」
「母なら、ここにいます」
「え?」
義母の手を、ぎゅっと握る。すると、驚いた表情で私を見た。
「スプリヌの優しい母が、私を励ましてくれるでしょうから、帝国に行かずとも、大丈夫です」
「フランセットさん……そんな、わたくしが、母なんて……!」
「図々しいお話だったでしょうか?」
「い、いいえ。う、嬉しい。で、でも、あなた、ここが、嫌いになったんじゃないかって、思って」
「ぜんぜん思っていません。スプリヌに戻ってきた瞬間に、ああ、家に帰ってこられたとホッとしたくらいで」
「フランセットさん!!」
再び、義母は私を抱きしめる。子どものように涙する義母の背中を、優しく撫でてあげた。
「母上はフランを励まさなければいけないのに、逆に励まされるなんて」
ガブリエルは眼鏡のブリッジを上げながら、呆れた様子でいた。
「だ、だって、もう、婚約すら破談になるのではと、心配していて」
「大丈夫ですよ。ねえ、フラン」
「ええ」
私がそう返すと、ガブリエルは少しだけ瞳を潤ませる。
もしかして、心配していたのだろうか。
あとから彼も、抱きしめてあげなければと思った。
そういえば、一日一回の抱擁も、していなかったし。
何はともあれ、事件は解決した。あとの処理は、騎士隊に任せていてもいいだろう。