没落令嬢フランセットは、父と再会する
「あのならず者のような恰好をしているのが、メルクール公爵……?」
いつも小綺麗にしていた父だったが、無精髭を生やし、髪はぼさぼさ。服もボロボロで、薄汚れている。まるで別人のような姿だった。
私と同じ茶色の髪、それから特徴的な声、言葉遣いから本人と判断した。間違いはないだろう。
「剣でプルルンに襲いかかっていたので、拳で殴り飛ばしてしまいました」
「あら、剣を持っている相手に、勇敢ね。無謀とも言えるけれど」
「我を忘れているような状態だったんです!」
ガブリエルは父に駆け寄り、回復魔法をかけるという。
「そこまでしなくても大丈夫よ。頬でも叩いたら、目を覚ますわ」
「良心の
ガブリエルはリザレクション――回復魔法の中でも上位の魔法を展開させる。殴られてできた頬の腫れは、一気に引いていった。
「うっ……!」
「メルクール公爵!!」
怪我を負わせてしまった償いからか、ガブリエルは熱心に介抱していた。回復魔法までは理解できるものの、膝枕までする必要はあるのか。正解がわからないまま、時間だけが過ぎていく。
「私は……スライムと戦って……負けてしまったのか?」
ガブリエルに殴られ、失神したという父の記憶は吹き飛んでいるようだった。そのままにしておけばよかったのに、ガブリエルは訂正する。
「いいえ、私が殴りました」
「き、君が私を殴ったのか!? いや、殴った相手がなぜ、私を膝枕している!?」
「申し訳ありません。メルクール公爵とは知らず、親友のスライムを守るために、殴りかかってしまいました」
「テイムしているスライムだったのか?」
「いいえ、テイムしていません」
「ならば、ただの魔物も同然か。いや、まあ、なんというか、ふむ。親友に斬りかかろうとした私も悪いな。謝罪しよう。申し訳なかった」
「いえ」
父はガブリエルに膝枕されたまま、謝罪の言葉を口にする。ガブリエルも父に、殴ったことを謝っていた。
「この件は、どちらも悪かったということにして、きれいさっぱり水に流そう」
「寛大なお心に、感謝します」
父が差し出した手を、ガブリエルは握った。なんだ、この和解の現場は。
「君の名は?」
「ガブリエル・グリエット・ド・スライムと申します」
「スライムってことは、スライム大公なのか?」
「ええ、まあ」
「そうか。スライム大公にとって、この世のすべてのスライムが、友達なのだな」
「いえ、そういうわけではないのですが」
ここで、父はやっと起き上がる。今になって、私の存在に気づいたようだ。
「フランセットではないか!! なぜ、このようなところにいる!?」
「それはこちらの台詞よ。お父様、勝手に失踪して。私がどれだけ迷惑を被ったのか、わかっているの?」
「それは、すまなかった。ルイーズに命の危機が迫っていて、詳しく説明しないまま、王都を離れてしまった」
ルイーズというのは、マクシム・マイヤールの失踪した妻の名らしい。ずいぶんと、親密なご様子である。
「と、詳しい話はあとだな」
遠くから、「いたぞ!!」という声が聞こえた。
「すまない。今は仕事中なんだ。あとで、話をしよう」
「お父様、何をおっしゃっているの?」
「今、娼館から逃げた、茶色の髪に紫の瞳を持つ娘を探しているのだ」
「それ、私よ」
「なんだと!?」
あっという間に、娼館の用心棒達に囲まれた。父に対して「よく見つけた!」と賞賛の声がかかっている。
父はなんて場所で働いていたのか。頭が痛くなった。
「おい、さっさとそいつを捕まえて、店にぶちこもうぜ」
「捕まえた奴には、女将さんから金一封があるって話だ」
「酒でも飲もうぜ」
「い、いや、違う。彼女は――私の娘だ!!」
「は? 何言ってんだあ」
「娘だと?」
「冗談キツイな」
「いや、本当だ。申し訳ないが、娘は店に引き渡せない」
きっぱり断ってくれたので、ホッと胸をなで下ろす。だが、想定外の事態となった。
「だったら、お前を倒して連れて行くまでだ!」
「覚悟しろ!」
用心棒の男達が襲いかかってくる。父は果敢に剣を抜いたものの、十名以上いる用心棒を相手にどう戦うというのか。
「加勢します」
「スライム大公、すまない。助かる」
ガブリエルはプルルンに頼み込む。私を守るように、と。
『もちろん、そのつもり』
そう言ってプルルンは私の前に立ち、触手を伸ばしてファイティングポーズを取っていた。
ガブリエルは六色のスライム達を召喚し、用心棒の男達を倒すよう命じる。彼自身は、魔法で応戦していた。
週に一度の頻度で剣術を習っていた父は、用心棒の男達を次々と倒していく。てっきり、剣術を習いに行くと言って、愛人の家に遊びに行っているものだと思い込んでいた。どうやら真面目に剣術を習っていたようだ。
あっという間に、ふたりで全員倒してしまった。
父とガブリエルは、熱い握手を交わしている。
ここで、騎士達が駆けつけた。ガブリエルがここに来る前に、通報していたらしい。
ひとまず、危機は去った。安心してもいいようだ。