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没落令嬢フランセットは、突然の贈り物にため息をつく

 姉妹は今になって、プルルンの存在に気づいたようだ。ぎょっと顔を歪ませる。


「きゃあ!! この人、肩にスライムを乗せていますわ!!」

「し、しかも、し、喋った!!」


 プルルンはテーブルに跳び乗り、触手を伸ばしてぶんぶん回す。


「きゃ~~~!!」

「気持ち悪い!!」


 ふたり揃って立ち上がり、客間から逃げて行った。

 廊下まで悲鳴が響き渡り――そして静かになる。


『あらしは、さったよう』

「そうね」


 この対応は正解だったのか。わからない。


『フラー、だいじょうぶ?』

「え、ええ」


 手が、肩が、震える。こんな気持ち、初めてだった。


『フラ?』

「――ふっ!!」


 堪えきれなくなり、私はその感情を声に出して発散する。


「ふふふ、あはははは!!」


 お澄まし顔をしていた姉妹が、プルルンに気づいた瞬間顔を盛大に引きつらせていた。

 最後はドレスを膝の上までたくし上げて、逃げ去る。品の欠片もない逃走劇だろう。


『フラ、たのしかった?』

「ええ、楽しいって、性格が悪いわね」

『だいじょうぶー。さっきのしまいのほうが、せいかくわるい』

「お互いさま、ということにしておきましょう」


 眦に浮かんでいた涙をハンカチで拭い、長椅子の背もたれに全体重を預ける。「はーーー」とあまりにも長いため息が零れた。


「やってしまったわ」


 ガブリエルの再従姉妹に、全力で喧嘩を売ってしまった。

 ただでさえ、大叔父との仲はよろしくないと聞いていたのに……。


 義母の帰宅後、先ほど巻き起こった嵐について報告する。


「あら、ディアーヌとリリアーヌが来ておりましたの? 珍しいですわね」

「ええ」


 一連のできごとを、包み隠すことなく話した。聞き終えた義母は、こめかみを揉みながらため息をつく。


「こまった娘達ですこと。きっと、ガブリエルが留守なのを見計らって、フランセットさんをいびりに来たのでしょう」

「はあ……。しかし、悪いことをしたなと思いまして」

「気にしないことです。あの達の、いい薬になったでしょう」

「だといいのですが」


 なんでも、ふたりとも結婚が決まっていないらしい。どちらかをガブリエルの花嫁に、なんて話も浮上していたのだとか。


「ずっと、あのふたりは偉そうに、ガブリエルと結婚してあげる、なんて言っていましたの。おそらく、本気だったのでしょうね」


 年齢的にもつり合っているし、同じ一族同士であれば持参金もそこまで準備しなくていい。姉妹にとって、ガブリエルは優良物件だったようだ。


「そんな状況だったので、急にあなたとの結婚が決まり、面白くなかったのでしょう」


 ちなみに、ガブリエルと義母は再従姉妹との結婚について、大叔父が大きな顔をすることは安易に推測できるため、まったく考えていなかったらしい。


「ガブリエルは昔から、あの姉妹にチクチクと嫌味を言われていたので、結婚話はずっとはね除けていたようですが」


 貴族に連なる家系に生まれた者の結婚は、持参金にかかっている。私のように、持参金のない女に結婚話があるのは、奇跡のようなものなのだろう。


「もしも、彼女らが再訪したときは、フランセットさんは応対しなくてもよろしいので。わたくしが、返り討ちにして差し上げますわ」

「た、頼りにしております」


 義母、強し……!

 カッコよく見えたのは、言うまでもない。


 翌日――ディアーヌ、リリアーヌ姉妹から贈り物が届いたという。報告するニコの表情は冴えない。


「いったい、何が届きましたの?」

「そ、それが…………箱いっぱいのミミズが届いたんです」

「あら、そう」


 どうせ嫌がらせだろうと思っていたら、大正解だった。

 大自然が広がる地域とはいえ、箱いっぱいのミミズを集めるのは大変だろう。

 たぶん、使用人に命じて集めさせたのだろうけれど。


「ミミズはアレクサンドリーヌの餌にできるわ。大好物なの」

「あ! そ、そうですよね!」

「でも、食べさせすぎたら太っちゃうから、ニコの知り合いのアヒルにもおすそ分けしてあげて」

「わかりました!!」


 ニコが去ったあと、深く長いため息が出た。

 お礼状を書かなければいけないだろう。どういうふうに書けばいいものか。

 ひとまず、ミミズは飼っているアヒルが喜んだ、と報告しておく。

 しかしながら、ミミズ以外の贈り物が届く可能性があった。

  ヘビやクモ、カエル、ナメクジ……バリエーションが増えても困る。

 どう返せばいいものか。

 ここでふと、義母の言葉が甦る。

 ――あの娘達には、やられたらやり返すくらいの精神でいませんと。

 義母の言葉をヒントに、ピンと思いつく。

 今度何か贈ってきたときは、同じものを贈り返させていただく、と書いておいた。

 これで、嫌がらせの贈り物は届かなくなるだろう。


 ニコがやってきて、報告してくれる。

 ミミズはアレクサンドリーヌが大喜びで食べたようだ。スプリヌ地方のミミズは太く、食べ応えがあるらしい。休憩時間に知り合いが飼っているアヒルにもおすそ分けしたところ、大好評だったようだ。

 ミミズ問題はなんとかなったので、ホッと胸をなで下ろす。


 今回の件は、目を瞑ろう。

 あの姉妹がむしゃくしゃしているのは、たぶん結婚できないから。

 私が本当に憎くて、しているのではないのだろう。

 結婚は、貴族の家に生まれたならば避けて通れない。残酷な制度だ。

 人生、結婚だけがすべてではない、という時代がやってくるのは、まだまだ先なのだろう。

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