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焼きリンゴを作ろう!

 ヴィルとの文通と食事の魔法生物デリバリーは毎日続けていた。

 今日はさっそく、魔力の制御ができたという報告をする。

 すぐに返事が届き、ヴィルはとても喜んでくれた。

 明日には私とヴィルの面会禁止が解けるようで、早く会いたいと書かれてあり、赤面してしまう。

 まるで逢瀬を禁じられていた男女の手紙のようで、照れてしまったのだ。

 これは私への好意ではないだろう。彼は律儀なので、食事のお礼を直接言いたかったとか、何か話したいことがあったとか、そういう意味での〝早く会いたい〟に違いない。

 そう、自らに言い聞かせる。


 なんだかソワソワして落ち着かない気持ちを持て余していたので、台所に立つ。

 今朝、レナ殿下からリンゴを大量に貰ったので、デザートとして焼きリンゴを作ってみよう。

 腕まくりし、リンゴを手洗いしていく。

 水分を布で拭うと、きゅ、きゅと音が鳴る。ルビーのように美しいリンゴだ。

 ペティナイフでリンゴの芯の部分をくり抜く。リンゴの中にレーズンとバター、シナモン、砂糖を入れてオーブンで焼くのだ。

 リンゴを焼いている間、先ほどくり抜いた芯部分を使って野生酵母を仕込む。

 煮沸消毒させた瓶にリンゴの芯と水、麦芽糖モルトを入れ、蓋を閉じる。

 あとは直射日光が当たらない涼しい場所で放置しておくのだ。一日一回、中の様子を確認し、瓶を振って混ぜることも忘れずに。五日くらいでリンゴ酵母が完成する。

 故郷であるラウライフだと寒すぎるので、上手く発酵しない。そのため、瓶に布を巻いて、暖炉から少し離れた位置に置いて作っていたものだ。 

 王都は冬でも発酵するのに十分な暖かさがあるので、常温で置いていても問題ないだろう。

 リンゴ酵母はこのままだと発酵力が安定しないので、ルヴァンと呼ばれる酵母を培養した種にしてから使うのだ。


 ルヴァン種の作り方はけっこう手間暇がかかる。

 まず、ボウルに酵母液と小麦粉、麦芽糖を入れて練り、温かい場所で五時間ほど置いて発酵させる。この生地にさらに小麦粉と水、麦芽糖を入れ、再度発酵させるのだ。一日寝かせたら、ルヴァン種の完成である。これをパン作りのさいに使うと、そのまま野生酵母を使って焼くよりも、失敗しにくくなるのだ。

 ラウライフにいた頃は、厨房のパン窯に火を入れる日が週に一度決まっていて、それに合わせてルヴァン種を仕込み、当日にパン生地を作って焼いていたのだ。

 一週間分のパンを焼くのは使用人だけでは間に合わないので、私や妹クレアも手伝っていたわけである。

 ほんの数ヶ月前のことなのに、ラウライフでの暮らしが酷く懐かしく思えてしまうので不思議だ。

 なんて考え事をしている間に、リンゴが焼けたようだ。


「うん、いい感じ!」


 蜂蜜を垂らしたホットミルクと一緒にいただく。

 リンゴにはしっかり火が通っていて、フォークを入れただけでとろりと崩れる。

 ふーふーと冷ましたあと、ぱくりと頬張った。

 シナモンのスパイシーで甘い匂いがふんわり鼻を通り抜け、リンゴの甘酸っぱさとバターの風味が口いっぱいに広がっていく。

 自分で言うのもなんだが、かなりおいしく仕上がったように思える。

 これにアイスクリームを添えたら最高だ。もちろん、この世界でのアイスクリームは気軽にその辺で買えるものではないが。

 ジャムみたいにパンに載せてもおいしいだろう。ただ、これ以上食べると太りそうなので、今日のところは焼きリンゴだけにしておいた。

 幸せな気分に浸りながら、焼きリンゴを完食したのだった。


 ◇◇◇


 朝食は一昨日レナ殿下からいただいた田舎風パンをスライスしたものに、ゆで卵のペーストと薄切りジャガイモのグリル、スモークサーモンにハーブソルトを振りかけたオープンサンドを作ってみた。

 スープは昨日の晩に仕込んでおいた、ローズマリーとジャガイモのスープである。

 思いのほか、早くできたので、庭で薬草を摘んでフレッシュハーブティーでも作ろうか。

 なんて考えつつ外にでると、花壇の前にあるベンチにヴィルが、コマドリの集団と一緒に座っていたので驚いてしまった。


「ヴィル先輩!?」

「ミシャ!」


 ヴィルは大股でズンズンと私のもとまでやってきて、想定外の行動を取る。

 なんと、私をぎゅっと抱きしめたのだ。


「へ!?」

「よかった、元気そうで」

「は、はあ、元気ですが」


 一ヶ月会っていないだけなのに、ここまで熱烈な再会を果たすなんて、夢にも思っていなかった。


「あ、あの、どうしてここに?」 

「それは昨日、ミシャが魔力を扱えるようになったと聞いていたから、いてもたってもいられなくて……。朝、顔を一目だけでも見てから登校しようと思った」

「さ、さようでございましたか」


 嬉しさがこみ上げ、このように抱擁までしてくれたのだろう。

 ここまで喜んでくれるなんて、とても光栄だ。

 ただ、抱き合っている様子を誰かに見られたら、誤解を受けそうだ。

 なんて考えるのと同時に、どさ! という何かを落下させる音が聞こえた。


 音がしたほうを見ると、レナ殿下がいるではないか。

 落としたのは私の家に持ってくる食材だったようだ。


「あ――」

「や、やあ、おはよう」


 レナ殿下の顔は盛大に引きつっていた。無理もないだろう。

 従兄であるヴィルと、クラスメイトの私が抱き合っているところを目撃してしまったのだから。


「ミシャ、き、今日は用事があるから、先に登校する」

「朝食は?」

「ヴィルが食べてくれ。私はカフェテリアでいただこう」


 レナ殿下は素早く踵を返し、「あとは若いふたりで!」と意味がわからない言葉を発したあと、走っていなくなる。

 その様子を、私とヴィルは呆然と眺めたのだった。

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