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やらかし

 綿をちぎったようなふわふわな雪が、どんどん空から降ってくる。

 雪国育ちなのでわかるのだが、これは確実に積もる雪だ。

 すでに、私達がいる辺りは真っ白になり、積もりつつあった。

 リス軍団は寒いのか、皆、一カ所に集まって暖を取っていた。なんだか申し訳なくなる。

 ヴィルは険しい顔で空を見上げていたかと思えば、「よし」と言って動き始めた。

 その辺に落ちていた木の棒を使い、スノー・ベリーの樹の周辺に魔法陣を描き始める。


「あの、ヴィル、何をなさっているのですか?」

「スノー・ベリーの樹の周辺に積もる雪が溶けないよう、状態維持の魔法をかけようと思って」


 こんな状況でも、ヴィルは冷静にスノー・ベリーの樹の糖度実験について考えていたようだ。

 動揺してあわあわする私とは大違いである。

 ヴィルはあっという間に魔法をかけてくれた。


「この状態でしばらく放置しておけば、ベリーは甘くなるだろう」

「お、おお!」


 樹の生存本能と言うべきなのか。寒くなると樹や実の糖度を上げて、凍らないようにするのだ。


「あとは甘くなるのを待つばかりですね」

「ああ。その前に、お迎えがきてしまったが」

「お迎え、ですか?」


 ヴィルが空を見上げたので、私もつられて見る。

 すると、空を飛行する物体を捉えた。


「あなた達~~、何をやっているの~~!?」


 それは箒に跨がり、こちらへ向かって飛んでくるホイップ先生だった。

 木々が生い茂る中に着地できるのか、と思っていたら、樹上から飛び降りてきたのでびっくりする。

 ヴィルが受け止めるのか!? と思っていたものの、腕を組み、棒立ちしていた。

 ホイップ先生は私の心配を余所に、見事な着地を見せてくれる。

 おーー! と拍手をしていたが、感心している場合ではなかった。

 ホイップ先生は立ち上がり、キッとした表情でヴィルに詰め寄る。


「あなた、何をしたのかしらあ?」

「あの、何かやらかしたのは私です」


 ホイップ先生はにっこり微笑みながら私を見て注意する。


「今、彼とお話ししているの~」

「で、ですが――むぐっ!」


 あろうことか、ホイップ先生は私の上唇と下唇を摘まみ、アヒルのくちばしみたいにした状態にして言葉を封じる。

 ここは大人しくしていたほうがよさそうだ。


「さて、事情を話していただけるかしら?」

「今しがた、ミシャ・フォン・リチュオルに魔力の使い方を指南した。その後、実際に魔法を使うよう指示し、彼女は雪魔法を使った。私は彼女が魔力を使い過ぎないよう、魔法で制御していた。にもかかわらず、このように雪が降ってしまった」

「さすが、監督生長ねえ。説明が要領よくまとまっていたわあ」


 ホイップ先生はヴィルを褒めたあと、盛大なため息を吐いていた。


「あなたが想定していたよりも、ミシャは多くの魔力を持っていた、というわけだったのねえ」

「はい」


 王都ではこのように、まとまった雪は降らないようだ。そのため、ホイップ先生はすぐに、校内の森で糖度実験をしている私達の仕業だと気づいたらしい。

 

「なんてことをしてくれたのかしらあ」


 この実験の責任者はホイップ先生である。何かあったときの責任は、すべて彼女にあるのだ。

 私はホイップ先生に唇を摘ままれ、アヒル口のままだった。

 謝りたいのに謝れない。

 ヴィルは腕組みし、悪びれる様子はいっさいなかった。


「すばらしい魔法だわあ!」


 ホイップ先生は私の唇から手を離し、恍惚とした表情を浮かべた。


「王都でこんなに雪が降るなんて初めてよお。この機会に、スノードームを使って作る薬草でも育ててみようかしらあ」


 まさかの反応に、言葉を失ってしまう。


「あ、あの、ホイップ先生、その、私に処分とか、なんとか、あるのではないのですか?」

「うふふ、私以外は気づいていないから平気よお」


 そう言って、ホイップ先生は私の頬を両手で包み込む。


「でも、制御できていない魔法は危険だから、二度としないでねえ」

「は、はあ」


 怒られるかと思っていたので、拍子抜けである。


「それにい」

「それに?」


 ホイップ先生は笑みを浮かべたまま、ヴィルのほうを見る。


「今回に限っては、処分の対象はこの子だから。ヴィルフリート・フォン・リンデンブルク、あとで、職員室にくるように~」

「わかりました」


 それを聞いて焦ってしまう。


「あの、悪いのは私なんです。処分や叱咤は私にしてください」

「それはできないわ~。だって、今回のことはヴィルフリート・フォン・リンデンブルクが許可を申請し、あなたを監督するという約束のもとでやったことだから」


 やられた。

 きっとホイップ先生は私を処分したり叱ったりするより、ヴィルに責任を負わせるほうがダメージを受けるとわかっているのだろう。


「ミシャ、大丈夫だ。今回のことは私のせいでもある。心配しないように」

「でも――」

「気にするなと言っている。これ以上言わせるな」


 私がきちんと制御できていなかったから、ヴィルの完璧な経歴に傷をつけてしまった。


「職員室へは、ミシャをガーデン・プラントに送ったあとでいいわあ」

「はい」

「じゃあ、あとでね」


 ホイップ先生は転移の魔法札を使って姿を消す。

 残された私達は、しばし呆然としてしまった。

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