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ホームルームにて

 ヴィルと別れ、女子生徒の姿の変化を解いたジェムと共に教室へと戻る。

 なんというか、朝から気疲れしてしまった。

 お弁当を持つ気力すらなくなってしまったので、ジェムが触手を伸ばし、ヤジロベエみたいな形状になり、左右にゆらゆら揺れながら運んでくれた。

 ヴィルの当番生だと注目を浴びたくないので、取り外しができない記章オーダーが付いたローブも脱いでおく。

 しずしずと教室に入ったら、アリーセと目が合う。


「ミシャ、おはようございます」

「おはよう」

「今日はいつもより遅かったようですが、どうかなさったのですか?」

「うん……」


 朝、ヴィルにお弁当を渡したら感激して抱きしめられ、その場面を理事に発見されてしまった、などと言えるわけがなかった。


「ミシャ、何か困ったことがあったら、わたくしに相談してくださいね」

「アリーセ、あなた、なんていい人なの!」


 いい人、と評されたアリーセは、頬をじわじわ赤く染めていく。


「べ、別に、わたくしはいい人ではありませんわ! あなたに対して特別親切なわけでもなく、キティを探してくれた恩がありますので、あなたが困っていたときは手を貸して差し上げたいと、と思ったわけです!」

「ごめんごめん、いい人ではなくて、義理堅くて、実直なんだね」

「なっ、そ、そうではなく!」

「ありがとう。何かあったときは、あなたのことを頼りにするわ」


 アリーセの手を握って感謝の気持ちを伝えると、素直にこくん、と頷いてくれた。

 ここでホームルームの開始を知らせる鐘が鳴ったので、急いで席に座る。


「エア、おはよう」

「おはよう。ギリギリだな」

「うん、ギリギリセーフ!」


 すとんと席に腰を下ろしたのと同時に、ホイップ先生が教室に入ってきた。


「はいはい、席についてえ」


 ホイップ先生は声かけしながら、浮遊魔法でクラスメイト全員にレジュメを配る。


「急いでいるから、魔法で失礼するわねえ」


 いったい何かと思えば、年末の二週間休暇ターム・ホリデーに関するもののようだった。


「まだまだ先だけれど、みんなの滞在先とざっくりした予定を把握しておきたいから、放課後までには提出してねえ」


 今のうちに記入しておくように言われる。

 ペンを握った瞬間、エアが私の背中をつついてくる。


「なあ、ミシャ」

「何?」

「ミシャは故郷に戻るのか?」

「まさか!」


 王都から故郷であるラウライフまで馬車で五日もかかる。貴重な休日を、往復で十日も無駄にすることになるのだ。


「往復で十日、滞在は二日っていうやばいスケジュールになるのもあるけれど、ラウライフの周辺は雪が深くなって、たまに通行できなくなるの。そうなったら大変だから、冬に実家に戻ろうとは考えていないわ」

「そうだったのか」


 返事をするエアはいつもより元気がない。

 深く突っ込んでいいものか迷ったものの、見て見ぬふりはできなかった。


「どうかしたの?」

「あ、いや、俺の家、もうなくって、保護者ガーディアンであるおじさんの家でお世話になるしかなくってさ」

「そうだったんだ」


 下町育ちのエアは、貴族出身の保護者がいる。生まれの違いから、エアはそれとなくそのおじさんとどう接していいのかわからないのだろう。


「ねえ、エア。今度、私の保護者の家に遊びに行ってみる?」

「え、なんで?」

「どんな空気感で、どういう感じでいるのか、参考になるかな、と思って」

「いいのか?」

「いいよ。お友達を連れてきてもいいって言われているから」

「そっか」


 エアはしばし迷うような表情を見せていたものの、最終的に頼むと言って頭を下げる。


「まあ、どちらかと言えば、おじさんの家についてきてほしい気もするけれど」

「いいよ、いつでも付き合うから」

「ミシャ、ありがとうな」


 エアの笑顔が戻ってきたので、ホッと胸をなで下ろしたのだった。


 ◇◇◇


 ホームルームが終わり、クラスメイト達が一斉に教室から飛びだしていく。

 私は壁に張り付いているジェムをペリペリ剥いでいたら、きゃあ! という悲鳴が聞こえた。


 何事かと思って見てみると、廊下側にある窓からヴィルが私へ手を振っていた。

  一学年の教室にヴィルがやってきたので、クラスメイトは悲鳴をあげてしまったのだろう。

 私はぐるぐる巻きにしたジェムと教科書を小脇に抱え、ヴィルのもとへと向かった。


「あの、ヴィル先輩、なぜここにいらっしゃるのですか?」

「一緒に帰ろうと思って、ミシャを迎えにやってきた」


 ヴィルがわざわざ、私を迎えにきたって!?

 ヒッ! という悲鳴を呑み込みながら慌てて教室を確認したが、ノアの姿はない。すでに下校したようで、ホッと胸をなで下ろす。


「どうした?」

「あ、いえ、ノアはもう帰っちゃったみたいだな、と思いまして」

「別に、ノアの顔を見にきたわけではない。今日はやることがたくさんあるから、教室までやってきただけだ。さっさと帰るぞ」


 ヴィルはそう言って、私の手を握って歩き始める。


「え、あの、手! 繋がなくても、ついていきますので!」

「逃走防止だ」

「逃げないですってば!」


 信用がないようで、手を繋いだまま帰宅となった。

 温室での仕事を素早く終わらせる。今日はリス軍団がやってきて、器用な手先で作業を手伝ってくれた。

 このあといったい何をするのかと思っていたら、ヴィルは私に問いかける。


「ミシャ、スノーベリーの樹はどこにある?」

「ここにくる途中にある、森の中ですけれど、どうしてですか?」

「今から魔力の使い方を伝授する」


 まさかの授業に、私は飛び上がるほど喜んだ。


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