ティーパーティーへ!
本日は休日。
いつものように薬草のお手入れをしたあと、私はドレッサーにかけられたドレスを寝台の上に数着広げる。
「うーーーーん」
実家から持ってきたドレスは、一年前に購入した、リメイクにリメイクを重ねた一着である。
地方の集まりならば誤魔化せるクオリティだが、王都で着て歩ける物ではないことは一目瞭然であった。
なぜ、ドレスを前に頭を抱えているのかと言うと、今日はアリーセから一緒にお茶を飲もうと招待を受けていたのだ。
ラウライフにいたころは、お茶を飲む優雅な集まりをするなんて、考えられなかった。
一杯の紅茶は体を温めるためのもので、貴重だったから。
そう。実を言えば、お茶会と呼ばれるものに招待されるのは生まれて初めてだったのだ。 お茶会には暗黙のドレスコードがあり、羽根付きの帽子に手袋、ティードレスにレース付きのパラソルがお決まりである。
華やかなドレスをまとい、羽根が揺れる帽子を被って、精緻なレースが施されたパラソルを片手に優雅に参加したいものだが、それに見合った品物がないのである。
こんなドレスなんぞ着ていった日には、アリーセの友人の趣味を疑われてしまうだろう。
着ていくドレスがない!
そんな私の救世主は、魔法学校の制服である。
これさえあれば、冠婚葬祭、なんでも参加できるのだ。
学生でよかったーーーー!! と思った瞬間である。
ちなみに、前世で生まれ育った日本では、学生は大学生を示し、生徒が高校生、小学生は児童と呼ぶ決まりがあるらしい。
けれどもここは異世界。学校に通う者を示す言葉に、厳密なルールはないのだ。学生と自称しても、「学生は大学生ですよ」なんて指摘されることはない。
制服に袖を通し、昨日、頑張って刺繍したハンカチはポケットに入れておく。
ジェムもついていくか聞いたら、左右に揺れる。今日はお留守番をしたい気分らしい。
そんなわけで、単独でリーフ寮へと向かった。
魔法学校の校内はとてつもなく広く、敷地内を馬車が行き来するくらいである。
私は健康のため、三十分かけてリーフ寮へ歩いて行った。
玄関には年若い女性の寮監督教師がいて、ギラリと目を光らせていた。
私はアリーセから貰っていた、入寮許可証を示す。
「退寮は三時間後だ。きっちり守るように」
「はい、わかりました」
寮の広いエントランスは、まるで高級ホテルのようである。
高い天井をキョロキョロと見回していたら、アリーセがやってきた。
「ミシャ、お待たせしました」
「今、来たところよ」
休日のアリーセは、真紅の美しいドレスをまとっていた。
やはり、休日はドレスを着ているようだ。
「すてきなドレスね」
「ありがとう。あなたは、先生からの呼び出しでもありましたの?」
「いいえ、魔法学校の制服が好きなだけ」
「あら、そうでしたのね」
深く追求しなかったので、ホッと胸をなで下ろす。
お茶会はアリーセの私室で行うものだと思っていたが、エントランスをまっすぐ進んだ先にある扉のほうへと案内された。
「アリーセ、ここはなんの部屋なの?」
「迎賓室ですわ」
アリーセが手をかざすと魔法陣が浮かび上がり、扉が自動で開く。
そこはやわらかな光が差し込む、ロココなお部屋であった。
絨毯は当然ながらふかふかで、品のよいローテーブルにソファが配置されていた。
なんといっても目を引くのは、大理石の大きなマントルピースである。上部に大きな鏡がついていて、覗き込むと水晶のシャンデリアが輝いているのが映っている。この辺も計算されて作っているのだろう。
「ミシャ、そちらにおかけになって」
「ええ、ありがとう」
テーブルにはすでに数種類のティーフーズが並べられていた。
スミレのケーキにベリー・タルト、マロン・パイなどの焼き菓子に、果物の盛り合わせ、キュウリとハムのサンドイッチ――とこれだけでも豪華だ。
けれどもそれ以外に、ひき肉パイにシチュー、ローストビーフなどの、しょっぱい料理まで用意されていた。
それらの料理はレリーフや透かし彫りのある優美な磁器の皿に盛り付けられている。
前世で流行っていたアフタヌーンティーのように、お皿が数段重なっている構造のケーキスタンドは見当たらない。
以前、ホテルのラウンジでマダムが話していたのだが、あのケーキスタンドはホテルの狭い空間を最大限に利用し、より多くのティーフーズを提供するために考案されたものなのだとか。
そのため、セレブなご家庭で開かれるお茶会には、ケーキスタンドはないという。
マダムが大げさな様子で、「こんなお品物がありますのねえ!」なんて話していたので、印象に残っていた。
今日のお茶会は、前世を含めたとしても、もっとも豪華だろう。
ティーフーズを眺めていたら、メイドがやってくる。
銀色の盆には、焼きたてのスコーンがあった。
陶器のティーポットで蒸らしていた紅茶も、注いでくれる。
湯気がふんわりと漂い、香りを吸い込むと優雅な気持ちになった。
現実味がないお茶会の様子を眺めていると、まるでおとぎの国の世界にいるようだ。
「ミシャ、いただきましょう」
「え、ええ」
実を言えば、こういうアフタヌーンティー的なものをいただくのは初めてだ。
ホテルで見かけたことがあっても、実際に食べたり飲んだりしたことはない。
甘い物好きの夢みたいなアフタヌーンティーは、ちゃんとしたものだと安くても五千円くらいする。
節約生活を送っていた私にとって、五千円もする食事なんて、聞いただけでも失神してしまうだろう。
だからいつも、商談で行ったラウンジで、マダム達が楽しそうにアフタヌーンティーを囲んでいるのを、遠目で眺めるだけだった。
まさか生まれ変わって、アフタヌーンティーをいただけるなんて。
「ねえ、ミシャ。あなたはスコーンはどちら派ですの?」
「え、何が?」
「食べ方に派閥があるのをご存じでない?」
「えー、そのー、スコーン自体、食べるのが初めてなの」
雪国では乳製品は貴重品で、バターがたっぷり入ったスコーンなんて出てくるわけがなかった。
「では、何を食べていましたの?」
「ドライフルーツをたっぷり入れたパンを、少しずつ削ぎながら食べていたわ」
焼き直しに使う薪がもったいないので、たいていは紅茶のカップに蓋をするようにパンを置いて、温めて食べるのだ。
「そうでしたの」
「ええ。だから、楽しみだわ」
派閥についても気になるので、教えてもらった。
「食べ方というのは、クロテッドクリームを先に塗るか、あとに塗るかのどちらかで争っていますの」
片方は先にクロテッドクリームを塗ってからジャムを載せるという食べ方。
クロテッドクリームがあとだと塗りにくくなるらしく、これが一番手っ取り早いという。
もう片方はジャムを塗ってから、クロテッドクリームを塗るという食べ方。
焼きたてのスコーンにクロテッドクリームを塗ると溶けて風味が台無しになるので、この方法が一番だと主張しているらしい。
「わたくしはクロテッドクリームを塗ったあとにジャムを塗る派ですの」
「へーーーーー」
私はまず、何も付けずに食べてみた。
表面はサクサク、中は生地はみちっと詰まっていて――異世界のサーターアンダギーや!!
「……いや、ちょっと違うわね」
「はい?」
「いいえ、なんでもないわ」
サーターアンダギーとスコーンは似ているようで、似ていない。
口の中の水分を持っていくことに違いはないのだが。
続いて、スコーンにクロテッドクリームとジャムを載せて食べてみた。
片方はクロテッドクリームの上にジャムを乗せたもの、もう片方はジャムの上にクロテッドクリームを塗ったものである。
交互に食べてみたのだが――。
「どっちもおいしいわ!」
クロテッドクリームとジャムを載せ、紅茶を一口。すると、最後に小麦の香ばしさが残った。
これが貴族とマダムが愛するスコーンなのだ、と実感する。
「あなたがスコーンを食べているのを見ていたら、これまで派閥にこだわっていたのがばかばかしく思いますわ」
「大切なのは、おいしくいただくことなのよ」
「本当に、その通りだと思います」
アリーセと共に、楽しいひとときを過ごしたのだった。
帰宅すると、実家から小包が届いていた。
中にはクレアが作ってくれたリンゴンベリーのジャムと、母が編んでくれたマフラー、父からはお小遣いが入っていた。それだけでなく、真っ白な封筒も入っている。
それは社交界デビューのお誘いであった。
なんでも一ヶ月後に、王城で夜会が開かれるらしい。
父のお小遣いがかなり多めに入っていると思っていたら、これでドレスを買うように、というメッセージカードが入っていた。
社交界デビューなんて、遠い世界の話だと思っていた。まさか、招待を受けるなんて。
ただ、一人で参加する勇気なんてない。
ドレスだって、すでにどこのお店も予約でいっぱいだろう。
せっかくの招待だが、今回は不参加としよう。