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ヴィル先生の体調不良

 今日もヴィル先生はハリネズミの軍団と共に、約束の時間通りにガーデン・プラントへ現れた。

さらに、鳥達もやってきて、彼らに見守られながら勉強が始まった。


 前回同様、ジェムがテーブルと椅子のセットに変化してくれたのだが、今日は夕日が眩しかったので、遮るパラソルまで作ってくれた。


「明日の授業は防御魔法か」

「ええ。一応、テキストに目は通したのですが、わからない部分が多々あって」


 わからないところがわからない、という状況を回避すべく、予習授業の予習をしているのだ。

 その中で、特に不可解だった点をヴィル先生に問いかけると、とてもわかりやすく教えてくれた。 


 勉強に集中すること二時間――周囲は暗くなり、いつの間にか日除けのパラソルがデスク付きのライトみたいになっていた。


「こんな時間までお付き合いいただき、ありがとうございました」

「いや、いい。気にするな」


 昨日みたいに、夕食を食べていかないか、と誘ったところ、ヴィル先生の眉間に皺が寄る。


「あの、ご都合が悪かったですか?」

「いや、そうではなく、他人に食事を振る舞うのは大変だろう、と思ったから」

「どうかお気になさらず。たくさん作ってしまったので、食べていってくださいな」


 そこまで言うのならば、という感じで、ヴィル先生は私の誘いを受けてくれた。

 夕食はクリームシチューに全粒粉を使って焼いた薬草ビスケット、マカロニ・チーズというシンプルなメニューだ。

 品数が少ない代わりに、クリームシチューの具はごろごろたくさん入っている。

 ジェムが発する熱で暖を取りながら、クリームシチューをいただく。ジャガイモはほくほくで、ニンジンは甘い。お肉はとてもやわらかく煮込まれていた。

 このクリームシチューに、ビスケットを浸して食べるのがおいしいのだ。


「ヴィル先生、いかがですか?」

「ああ、おいしい」


 なんでも昨日、私が作った夕食を食べてから、体の調子がすこぶるいいらしい。


「ほぼ毎日、体が重たく、頭痛に悩まされ、挙げ句の果てにあまり眠れない体質なのだが、昨日は体が軽く、熟睡できた」


 昨日、具合について質問したさいは問題ない、とか言っていたのに、立派な体調不良を抱えていたらしい。


「よく、昨日は平気だなんておっしゃいましたね」

「その状態が私にとっての普通だったからな」


 幼少期からそうだったわけでなく、ここ三、四年くらいから体の不調が続いていたという。


「医者にもかかってみたものの、特に問題なしと言われてしまった」


 もしかしたら魔力を過剰に持っていて、体が限界を訴えた結果、具合が悪くなっているのではないか、と魔法医に相談にいったようだが――。


「魔力は他の人より多いようだが、体が耐えきれないほどあるわけではないらしい」

「そうだったのですね」


 原因不明の病というのは、異世界にも存在するのだろう。


「今日も、朝から感じていた頭痛が食事を食べ終えた頃には消えてなくなった」

「それはようございました」


 それだけ体調が回復していたのに、よく断ろうとしたな、と思ってしまう。


「あの、今日も食べて、体調不良に効果があるか、確認しようとか思わなかったのですか?」

「奇跡は二度も起こらないと、常日頃から思っているからな。ただ、この件に限っては、奇跡が二度も起こってしまったわけだが」


 料理に何か特別な魔法でも施しているのではないのか、と問われ、首を横に振る。


「特別なことは何もしていないけれど――あ!」

「何か思い当たる節があったのか?」

「ええ。同級生の子、レナ・フォン・ヴィーゲルトに貰った食材で作ったんです」

「レナ・フォン・ヴィーゲルト?」

「ええ。今年の首席だった子です」


 記憶にあったのか、ヴィル先生は何度か頷く。


「レナ・フォン・ヴィーゲルトは知り合いだ。今度会ったときにでも、何か特別な食材なのか聞いてみよう」

「ええ、それがいいと思います」


 王族であるレナ殿下と知り合いであるヴィル先生はいったい何者なのか。

 きっと貴族の家柄の中でも、王家に近しい高貴な一族に違いない。

 そんな彼と縁故を繋いでおくのは、悪いことではないだろう。

 下心ありきで、私は彼を明日も夕食に誘ってみる。


「ヴィル先生、原因が解明できるまで、しばらくここで夕食を食べていってください」

「そこまでしなくていい」

「お礼は出世払いで構いませんので」


 思いがけない交換条件だったからか、ヴィル先生は驚いた表情を浮かべる。


「わかった。この恩は必ずどこかで返そう」

「お願いしますね」


 そんなわけで、ヴィル先生の慢性的な体調不良の謎について探ろう会が発足されたのだった。


 ◇◇◇


 翌日の夕方、帰宅すると、小屋の前に木箱がふたつ置かれていることに気付いた。

 まさか、中にミミズでも入れた嫌がらせか、と思ったのだが、蓋にメモ書きが貼ってある。


「えーっと、〝レナ・フォン・ヴィーゲルトから食材について聞き出し、同じ物を用意させた。今晩はこの食材を使って料理してほしい〟ヴィルより――」


 ヴィル先生、お前あなただったのか……。

 猟師の家に毎日食べ物を運ぶ、健気なキツネの物語を思い出してしまった。


 そんなことはさておき。

 今日から実験をしないといけない。

 まず、この食材で料理を作り、ヴィル先生の体調に効果があるのか調べる。

 立派な赤身肉があったので、今晩はステーキだ!


 薬草の世話を終え、料理の準備が終わると、ヴィル先生がやってくる。


「食材は届いていたか?」 

「はい。もう調理しまして、あとはお肉を焼くばかりです」

「そうか……感謝する」


 二時間ほど勉強を終えたあと、夕食の時間とする。

 ステーキはほんの少し赤身が残る程度まで焼き、食べやすいよう先にカットしてから盛り付けた。

 テーブルにパンとステーキ、ハーブサラダを並べていく。

 今日はステーキと一緒に食べたらおいしい、刻んだ薬草を混ぜたハーブ・バターを作ったのだ。

 きっとおいしいはず。


 ヴィル先生が食べるのを見守っていたら、ステーキを頬張り、ごくんと呑み込んだあと、口元を手で押さえたので驚いてしまう。


「え、あの――!?」


 すぐ近くにあったバケツを手に取り、ヴィル先生のもとへ運んだ。


「リチュオル、なんだ、そのバケツは?」

「その、いつでも口から出せるよう、ご用意いたしました」

「吐き出すわけがないだろうが」


 きちんとおいしかった、と言われ、呆気に取られる。


「紛らわしいです!」

「仕方がないだろう!」


 いったい何が仕方がないというのか。バケツを胸に抱きながら考えてしまう。


「私は昼に、これとまったく同じ肉を食べた。けれども、激しい頭痛や眠気、体のだるさは相変わらずだった。けれどもこの肉を食べた瞬間、それらがきれいさっぱりなくなって――」


 私も口元に手を当ててしまう。

 以前、薬局のご主人が、私とヴィル先生の魔力は相性がいいのではないのか、という話をしていた。

 けれどもそれだけで、体調不良が治るわけがないだろう。

 私はもしかしてと浮かんだ可能性について、口にしてみた。


「ヴィル先生、もしかして、毒でも盛られていません?」

 

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