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アリーセが抱える問題

 彼女は体調が悪いわけではない、とはっきり言った。

 見た目からはそうとしか思えないのだが、違うらしい。

 調子が悪くとも強がりそうだな、という印象なのだが、さすがに教師相手に虚勢は張らないだろう。

 きっと他に、彼女らしさを失ってしまうほど、思い詰めてしまう理由があるに違いない。


 泣きじゃくるアリーセを慰め、落ち着きを取り戻したあと、どうしたのか聞いてみる。


「でも、これはわたくしだけの問題だから」

「そうかもしれないけれど、一人で抱え込むのはよくないことよ」


 誰かに話したら解決するかもしれないから、と優しく言葉をかけると、アリーセはきつく結んでいた口を開く。


「じ、実は、昨晩から、わたくしの使い魔、キティがどこかへいなくなってしまいましたの」

「え!?」


 まさかの猫繋がりだったわけである。


「毎晩ブラッシングして、抱きしめて眠っているのに、いつの間にかいなくなっていて……」


 寮母や監督生に報告し、探し回ったようだが、見つからなかったらしい。


「でも、使い魔とは魔力で繋がっているのよね?」


 それは散歩のさいに使うリードのようなもので、主人側が引っ張ると使い魔は姿を現さないといけない。


「試してみたけれど、応じてくれなくて」


 なんでも使い魔との距離が離れすぎていると、反応が鈍くなるようだ。


「もしかしたらキティはかわいいので、誰かが誘拐してしまったのかもしれません!」


 そう主張するやいなや、アリーセは再度わっと声をあげて泣き始める。


「今も寒空の下で凍えていることを思ったら、辛くて、辛くて……!」

「そうだったの」 


 かわいがりすぎた結果、使い魔が逃げ出してしまったのだろうか?

 口が裂けても言えることではないが。


「どうにかして探してあげたいけれど――」


 何かいい方法はないものか、と考えた瞬間、今日の授業で使った魔法があるではないか、と閃いた。


「ねえ、アリーセ、この審検魔法であなたの使い魔を探してみない?」

「魔法で?」

「ええ」


 今回使ったのは、この森の中にある魔力の塊を探すというごくごくシンプルなものであった。

 それをアレンジし、使い魔キティの魔力から作る魔法式を組み込んだら、すぐに見つけることができるだろう。


「いい考えだと思わない?」

「え、ええ」

「まずはキティの魔力を魔法式にしてくれる?」

「やってみますわ!」


 アリーセは懐に入れていた生徒手帳に、呪文をすらすら書いていく。

 さすが、クラス二位の成績だ。私はこんなに早く、魔法式なんて考えられない。

 ものの五分で、アリーセはキティを探すための魔法式を作りだした。


「先生に合図を出して、教室に戻りましょう」

「ええ」


 簡易花火を上げると、目の前に転移扉が現れる。 

 私はアリーセを支えるように腕を組み、よたよたしながら扉を通過した。


「猫組、早かっ――どうした!?」

「やっぱりアリーセの具合が悪いようで。早退させてもいいですか?」

「ああ、問題ない」


 先生は転移扉の設定をいじり、寮まで直接戻れるようにしてくれた。


「私もアリーセに付き添います」

「わかった。頃合いを見て、戻ってくるように」


 先生は私に教室に繋がる魔法巻物をくれた。

 転移扉をくぐる前に、課題の魔石は提出しておく。


「リチュオル、寮母に言えば、医者を呼んでもらえるから」

「わかりました。ありがとうございます」


 転移扉を通過すると、アリーセの部屋の前に行き着く。

 天井は高く、廊下にはふかふかとした絨毯が敷かれており、壁には美しい絵画が飾られている。


 部屋の扉にはドアノブなどなく、代わりにアリーセが手をかざすと、魔法陣が浮かび上がって自動で開いた。


 部屋の中はロココ調の白を基調とした美しいお部屋。

 猫脚のテーブルセットに、エレガントなドレッサー、ドレープたっぷりのカーテンなど、乙女の夢を具現化したような空間である。


「すてきなお部屋ね」

「ありがとう」


 寮は通常、二名から四名ほどで使うようだが、成績上位者であるアリーセは一人部屋らしい。


「アリーセ、ここはどこの寮なの?」

「リーフ寮ですわ」

「ってことは、アリーセは風属性なのね」

「ええ」


 一方的に属性を把握するのはどうかと思って、私のも伝えておく。


「私は雪属性なの」

「あら、珍しいこと。ということは、四大元素以外の属性を持つ者が集まる、アンカンシエル寮ですの?」

「いいえ、違うわ。私はちょっとワケアリで、薬草部のクラブ棟に住んでいるの」

「そうでしたの」


 詳しい話はまた今度である。

 今はキティを探さなければならない。


「なるべく大きな審検魔法を展開したいと思っております」

「だったら魔法陣がいいわね」


 ここでは狭いので、寮の庭に移動した。

 今の時間、監督生や個人指導教師テューターなどはいない。

 寮母にさえ警戒していれば、見つからないだろう。

 こそこそしながら庭に移動し、杖で魔法陣を書いていく。


「魔法の発動のさいに、魔石か何かあればよいのですが」

「そうね」


 ここの敷地内のどこかに魔石が転がっていないか、と考えていたら、ジェムが魔法陣の中心に移動する。

 そして、準備ができたとばかりにピカッと光った。


「ジェム、あなたまさか、魔石の代わりに魔力を貸してくれるの?」


 そう問いかけると、ジェムはこっくりと頷く。


「ありがとう。さっそくだけれど、少し力を借りるわ」


 私は片手に杖を持ち、開いているほうはアリーセと手を繋いで、呪文を唱えた。


「――キティの居場所を探れ、審検サーチ!!」


 魔法陣が淡く輝き、空の上にレーダーが浮かび上がる。

 リーフ寮すべてを覆うほどの範囲で魔法が展開されたようだ。

 チカチカと反応を示したのは、まさかの場所だった。


「キティったら、あんな場所に!?」

「すぐに探しに行きましょう!」

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