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ミシャの使い魔

 レナ殿下は悲壮感のある背中を見せながら脇に避けていた。

 女性であることを隠さないといけないのに、乙女大好きな変態使い魔を召喚してしまうなんて。

 なんというか、お気の毒に、と思ってしまう。


「次は~、アリーセ・フォン・キルステンねえ」

「はい」


 アリーセは凜とした様子で教室の真ん中までやってきて、召喚を始める。


「――いでよ、召喚サモン!」


 レナ殿下より輝きはなかったものの、それでもすさまじい光だ。

 今度は小さなシルエットである。

 光が治まると、魔法陣の真ん中に額に宝石を付けた白い猫がちょこんと座っていた。


「これは、猫妖精ケット・シーねえ」

「猫ちゃん!!」


 アリーセは頬を紅潮させ、うるうるとした瞳で猫妖精を見つめていた。


「な、なんて愛らしいのでしょう!」


 そう言って抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。


「温かい……!」


 なんて呟いてから、ハッと我に返ったようである。

 明らかに猫に対してメロメロな様子を見せていた。

 もしや、自己紹介で言いかけた趣味のね……というのは、猫のことだったのか。

 アリーセは猫妖精に〝キティ〟と名付け、そそくさと下がっていった。


 幻獣に続いて妖精が召喚されたので、生徒達の期待値はウナギ上りだった。

 けれども、レナ殿下とアリーセ以降の召喚は、魔法生物の連続だった。

 カエルに鳥、ネズミにカマキリ、陸ガニなどなど。


「あー、やっぱり竜は難しいかー」

「でしょうね」


 やっと私の番となる。

 爬虫類以外であればなんでもいいや、という思いで召喚札を使った。


「――いでよ、召喚サモン!」


 突然、魔法陣がカッと光り輝いたので、目が潰れるかと思った。

 レナ殿下以上に光ったので、何事かと思う。

 クラスメイト達も「おおおお!」と声をあげていた。


「おい、ミシャ、ドラゴンか!?」

「そんなわけないでしょう!」


 エアの声に言葉を返している間に、シルエットが浮かび上がった。

 それは、バランスボール大の丸である。


「え、何これ」


 光が治まると、中心に水晶のような物体が佇んでいた。

 円らな瞳と小さな口があり、私を見つめている。

 なんてきれいなのか。思わず見とれてしまった。


 歓声を上げていたクラスメイトだったが、即座にシーーーーーーンと静まり返った。

 そこで私もハッとなる。


「あの、ホイップ先生、これはいったいなんなのですか?」

「これはたぶん、スライムねえ」


 スライム――それはこの世界における最弱の魔物である。

 まさかそのスライムを、使い魔として召喚してしまうなんて。


「スライムはこう、もっと小さいんだけれど、この子は大きいわねえ」


 なんでもスライムはたまに召喚されるらしい。

 けれども大きさはバスケットボールくらいしかないようだ。

 目の前のスライムは、こう、なんというかどっしりしていて貫禄がある。


「この子は返しましょう。使い魔にしても、きっと役に立たないわあ」


 そう言われても、スライムは猛烈に私を見ていた。

 目が合ってしまったので、お引き取りください、と言えない雰囲気である。


「あの、私、この子を使い魔にします」

「あら、どうして~?」

「私のために召喚に応じてくれたと思うと、なんだかかわいく思えてしまって」

「そう。わかったわあ」


 そんなわけで、私はこのスライムを使い魔として使役することに決めた。


「名前はえーっと〝ジェム〟で」


 スライムはこっくり頷き、私の契約に応じてくれたようだ。

 ただ、邪魔だから下がるように言っても、その場に居続けている。

 言葉が通じないのか、と思いつつ、邪魔になるからと言ったら、薄く伸びて壁に張り付いた。

 少し、不機嫌そうに見える。邪魔という言葉に腹を立てたのだろうか。

 スライム心はまったく理解できなかった。


 エアも召喚札を使って使い魔を呼んでいた。


「――いでよ、召喚札サモン!」


 魔法陣から現れたのは、トカゲである。赤いラインが体に入っていて、目はくりくりでかわいらしい見た目をしていた。


「よし! よく来たな。お前の名前は、今日から〝リザード〟だ!」


 トカゲのリザードは問題なく契約に応じてくれたようだ。

 全員の使い魔が揃った。

 魔法生物以外の生き物を呼んだのは、レナ殿下とアリーセ、それから魔物を召喚してしまった私だけだった。それ以外は全員、魔法生物である。


「使い魔とは三年のお付き合いになるので、仲良くしてねえ」


 以上でホームルームは終了となった。


「ミシャはこのあとどうするんだ?」


 エアはカフェテリアに食事をしに行くらしい。


「私はいろいろすることがあるの」

「そうか。じゃあ、また明日な」

「ええ」


 皆、ぞろぞろと各自の寮に帰る中、私が召喚したスライムのジェムは壁に張り付いたまま。


「ジェム、帰りましょう」


 返事はしない。

 口元がムの字みたいになっているので、まだへそを曲げているのだろう。

 ここで時間をロスしている場合ではないのに……。

 今日はホテルから荷物を運んで、温室の薬草のお世話をし、夕食を作らないといけない。


「邪魔って言ったのは悪かったわ。ごめんなさい」


 誠心誠意謝ったつもりだったが、ジェムはぷくっと頬を膨らませ、怒っているぞ! というアピールを行う。

 どうすればいいものか。まったくわからない。

 ただここで、いろいろ方法を試す時間などなかった。

 こうなったら実力行使だ、と壁に張り付いたジェムをペリペリ剥がす。

 すると、ジェムは私の手からすり抜けるように、教室に下りたった。

 これで帰れると思いきや、ジェムはバランスボール大に膨らむ。それだけでなく、水晶のようにカチコチに固まったのだ。


「え、何これ! どういうことなの!?」


 困惑する中、ホイップ先生が話しかけてくる。


「あら、驚いた。その子、ただのスライムじゃないわ~」

「な、なんなのですか?」

「宝石スライム――世にも珍しい、上位の精霊よお」

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