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まさかの展開

「なっ、こ、これは――!?」


 かなり腕のいい絵師に依頼したのだろう。手配書に描かれた勇者様は本人そっくりだった。

 手配書の中の勇者様は、イッヌを胸に抱いていた。

 ここまで特徴が一致していたら、自分ではないと言えないだろう。

 勇者様は目を見開き、手配書を凝視していた。

 そんな勇者様を前にした賢者が、呆れたように問いかける。


「あなた達、国に手配されるなんて、いったい何をしたのよ」

「私達は罪など犯していない!」

「罪を犯した人達は、みんなそんなふうに言うのよね」


 勇者様の額に青筋が浮かび上がり、勢いよく立ち上がった。

 拳をぎゅっと握ったので、慌てて間に割って入る。 

 しかしながら、勇者様は賢者に殴りかかろうとしなかった。その代わり、干したエイみたいな、猛烈な怒りの形相を浮かべている。


「ふふん。ぐうの音も出ないようね」

「賢者、止めるんだ」

「勇者、どうしてこいつを庇うのよ! あの偽物のせいで、私達は酷い目に遭ったのに!」

「それはそうかもしれないが……同じ勇者を名乗り、魔王を倒すために旅を続けている彼が、悪事を働くとは思えなくて」


 勇者様(本物)はなんて人がいいのか。勇者様のせいで騎士隊に捕まってしまったというのに、咎めるどころか庇うような発言をしてくれるなんて。


 勇者様(本物)はまっすぐに勇者様を見つめ、話しかける。


「何があったのか、私達に聞かせてくれないだろうか? 状況次第では、何か協力できるかもしれない」


 勇者様(本物)の言葉に、勇者様の顔が引きつる。

 偽物の勇者だと思っている相手に助けを乞うなど、勇者様の自尊心プライドが許さないのかもしれない。

 気持ちはわかるが、やっていない罪の証明は困難だ。味方になってくれる者がいるならば、ひとりでも多いほうがいい。

 もしも公爵家に家宅調査が入った場合、私達の身柄はあっさり差しだされるだろうから。

 公爵は笑顔で息子を送りだすだろう。


 依然として、勇者様は干したエイのような表情を浮かべている。 


「勇者様、彼女達にお話ししましょう」

「……」

「いいですね?」


 沈黙は肯定を意味することとする。勇者様の反対がなかったので、施設で見たことを打ち明けることにした。


「話せば長くなるのですが――子ども達が誘拐されているのに、騎士隊やギルドでは取り合ってもらえない、という噂話を耳にし、魔王が関わっている事件なのではと思って調査することにしました」


 なんとか誘拐先を聞きだし、施設を特定した。


「その施設は空っぽエンプティの者達が集められていて、人工的に才能ギフトを付与させる実験が繰り返されていた場所だったようです」


 空っぽエンプティの者達の尊厳を無視するような、残虐極まりない実験が繰り返され、施設では悲鳴が響き渡っていた。

 そんな施設で指導していたのは、ドクター・セルジュ。

 しかしながら、さらに上に実権を握る者がいたのだ。


「それが、聖都の枢機卿、イーゼンブルク猊下だったのです」


 私達はそれらの罪を騎士隊で打ち明けた。

 けれども、翌日の新聞紙で報道されていたのは、ドクター・セルジュの悪逆極まりない犯罪行為だけだった。

 さらに、事件の扱いも小さかったのだ。


「誘拐に、人身売買、行方不明になっても捜索してもらえない空っぽエンプティの者達――さまざまな問題が浮き彫りになったのに、その多くはお咎めなしでした」


 いったいどうしてと首を傾げる私達のもとに、なぜか災難が降りかかる。


「暗殺です。事件の真相を知る私達を、消そうとする者達がいたようです」


 誰が指示しているのか、これまで明らかになっていなかった。

 おそらく、イーゼンブルク猊下だろう、と推測するばかりだったのだ。


「今回の手配書のおかげで、私達を狙う敵が王族だということが明らかになったわけです」


 勇者様(本物)は目を伏せ、賢者は口元を手で覆う。回復師は胸に手を当てて、痛ましい表情を浮かべていた。


「勇者様は悪いことなんてしていません。冤罪えんざいなんです。多方面に敵を作るような生意気な性格なので、信じてもらえないかもしれませんが」

「いいや、信じよう」

「ちょっと、勇者!?」


 勇者様(本物)があっさり信じたので、賢者はびっくりしたらしい。


「同じ顔の持ち主を、他人のように思えなくてね。私は彼を信じることにした」


 勇者様は信じてもらえるとは思っていなかったのだろう。目を見開き、勇者様(本物)を見つめている。


「それで、君達は今、何をしているんだい? 王都にいるということは、魔王討伐ではなく、王家の問題を先に解決しようとしているんだろう?」

「ええ。勇者様のお父君が、王族が恐れているものがある、と教えてくれたんです。それについて調査していたのですが――」


 それも難しくなるだろう。きっと王都にも手配書が出回っているに違いない。


「もしかしたらここも、安全ではないかもしれないな」


 そうだ。勇者様のご実家である公爵邸にも、近いうちにがさ入れが入るはず。

 なんて考えているところに、扉がどんどんと叩かれた。


「お坊ちゃま! 大変です! 騎士隊の方々が、お坊ちゃまを探しにやってまいりました!」

「どうやら、相手の動きも速かったみたいだ」


 勇者様(本物)は立ち上がり、賢者に指示をだす。


「賢者、ここにいる者達すべてを、転移魔法で魔王城に送ってくれ」

「どうして魔王城なの!?」

「街中は手配書で溢れ、落ち着く場所などないだろう。魔王城のほうが静かに過ごせる。それに魔王を倒したら、罪をなくすことができるかもしれないだろう?」


 魔王を倒し、英雄となった勇者であれば、罪に問われないはず。

 勇者様(本物)はとっさに作戦を考えたのだろう。


「勇者殿、協力してくれるだろうか?」


 勇者様(本物)が差しだした手を、私が無理矢理繋がせる。

 騎士達が迫る中で、勇者様の腹を括るまで待てないから。


「ここにいたぞ!!」

「捕まえろ!!」


 騎士達が部屋に押しかけてきた瞬間、光に包まれる。

 景色がくるりと回転し、薄暗い石の廊下に着地した。


 内部は古い城のようで、不気味な雰囲気としか言いようがない。


「ここが魔王の居城なんですね」

「ええ、そうよ」


 賢者が発見したようで、自慢げに胸を張っていた。


「この城の地下から、凶悪なモンスターが出入りしているのに気付いて、間違いないと思ったの」


 上層部にはとてつもない魔力を感知しているようだ。それが魔王だろうと推測しているらしい。


「勇者様、装備は私が保管していました。着替えてください」


 金ぴかの鎧と金ぴか剣をだし、装着するように勧める。

 勇者様は無言で、着用していた。

 さあ、魔王を倒しに行こう、と一歩踏みだしたところで、勇者様が問いかける。


「おい、偽物、お前は本当になんなんだ?」

「私か?」


 振り返った勇者様(本物)は、にっこり微笑みながら言った。


「本物の勇者様は君だろうから、私は優しい者と書いて〝優者ゆうしゃ〟とでも名乗っておくよ」


 そう言って踵を返す。

 かっこよすぎる後ろ姿に、さすがの勇者様も何も言えなくなったようだ。

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