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勇者様のご実家へ

 ここが、勇者様のご実家!

 天井にはシャンデリアが輝き、高級そうなソファに果物の盛り合わせが載ったテーブルが置かれてある。壁紙からカーテン、花瓶に至るまで、すべてがすっきりと洗練されているお部屋だ。

 イッヌは絨毯のふかふかした心地が気に入ったのか、ごろごろ転がっていた。

 ぶーちゃんは土足で絨毯を踏んではいけないと思ったのか、勇者様のふくらはぎにしがみついたままである。

 鞄に押し詰められたメルヴは、顔をそっと覗かせていた。


「まずは父上と話をする」

「はあ、では、私はここで待っておりますので」

「いや、お前もついてこい」


 勇者様は返答を聞く前に私の腕を掴み、しがみついたぶーちゃんをそのままにして、ずんずんと歩いて部屋からでていく。イッヌもあとに続いた。

 突然のお坊ちゃまの帰宅に、メイドや従僕が驚いているようだった。

 使用人の皆が皆、勇者様を目にした瞬間に壁側に寄って深々と頭を下げる。顔を見ただけで、道を譲ってくれるようだ。

 まるで王様パレードのようである。

 こんな環境で育ったならば、普段から尊大な態度でいるのも無理はないのだろう。


 使用人達の伝達で勇者様が帰ってきたと知らされたのだろう。

 白髪頭に眼鏡をかけた老執事が飛んでやってくる。


「お坊ちゃん、お帰りなさいませ! 今日はどのようなご用事で?」

「父上と話がしたい。今日はいるか?」

「執務室におられますので、お声をかけてまいります」


 居間で待っているように言われた。

 勇者様はそのまま執務室に向かいたかったようだが、我慢したようだ。

 さすがの彼も、父親相手に王様のような振る舞いはしないのだろう。

 居間は先ほどの部屋よりも豪勢だった。

 メイドがお茶とお菓子を持ってきてくれる。

 香り高い紅茶に、焼きたてのサブレを用意したようだ。

 念のため千里眼クレアボヤンスで調べたが、毒は入っていない。安心していただこう。


「魔法使いよ、毒が入っていたらどうする?」


 勇者様は実家のお茶とお菓子ですら警戒するようになっていた。いい傾向である。


「では、私が毒見しますね」

「おい!」


 そんな会話をしていたら、扉が開く。

 恰幅がいい、四十代半ばくらいの中年男性が入ってきた。

 目元に隙はなく、口元には髭を生やしていた。厳格な雰囲気をぷんぷんと漂わせている。

 勇者様の父親である公爵と会うのは初めてだ。

 顔立ちは似ていない。勇者様はきっと母親似なのだろう。

 公爵は勇者様を見るなり、すっと目を細める。

 もしかしたら、事件について把握しているのかもしれない。

 騎士隊に通報され、連行されたらどうすればいいのか。

 緊張が走る。

 公爵は口髭を撫でながら、口を開いた。


「息子ちゃん、お帰り~~~~~!」


 眉と目尻を極限まで下げ、デレデレな様子で近付いてくる。

 先ほどまであった威厳は、どこかへいってしまったようだ。

 公爵は愛する息子に抱きつこうとしたようだが、勇者様が片手で制していた。わりと強めに押し返している。公爵は拒否されたことを気にも留めず、話し続けた。


「んも~~~~~~、突然帰ってくるから、パパ、びっくりしたよお。知らせてくれたら、三日三晩続くパーティーを開催したのに!」


 公爵はそう言って、勇者様の頬をつんつんと突き始めた。勇者様は慣れているのか、表情をいっさい崩さない。


 勇者様とのふれあいに満足した公爵は、続けて私のほうを見る。

 ハッとしたので、身構えてしまった。


「あれ? 行きとは違う女の子を連れてる! えーっと、誰だったっけ?」

「回復師」 

「そう、回復師ちゃん! 彼女はどうしたの?」

「追放した」

「えー、そうなんだー」


 公爵は勇者様の行いをさほど追及せず、にこにこしている。

 

「この子はどこで出会ったの?」

「拾った」

「なんて言う子なの?」

「魔法使い」

「ふーん、そう」


 私についてさほど興味はないようで、ホッと胸をなで下ろす。


「それはそうと、息子ちゃんったら魔王討伐の旅にでかけてからというもの、毎日のように請求書は送れども、手紙の一通も送ってこなかったのに!」


 請求先から勇者様がどこにいるのか確認していたらしい。

 そのためお金が請求されるたびに、勇者様の旅は順調なのだと喜ばしい気持ちになっていたようだ。


「息子ちゃん、いったいどうして急に帰ってきたの?」

「父上はすでにご存じではないのか?」

「なんのことかな? パパにわかりやすく説明してくれる?」

 

 公爵と勇者様の態度の温度差で風邪を引いてしまいそうだ。

 それくらい、テンションに大きな差がある。


 勇者様は公爵様に座るように勧める。すると、勇者様の隣にどっかりと腰かけた。

 若干、勇者様は居心地悪そうにしていた。

 こんな勇者様を見るのは初めてである。さすが公爵、と思ってしまった。

 勇者様はごほんごほんと咳払いし、私達に降りかかった災難について話し始めた。


「我が家に連れてきた、空っぽエンプティの者達について、父上は何か話を聞いているだろうか?」

「うん、知っているよ。なんでも酷い人体実験を受けていたんでしょう?」


 空っぽエンプティの者達は現在、半数以上が治療中だと言う。

 多くは精神的な症状だと言うので、完治までに時間がかかるようだ。


「息子ちゃん、安心してね。あの人達はパパが一生面倒を見るから」


 その言葉を聞いて、びっくりしてしまった。

 空っぽエンプティの者達を見捨てず、面倒を見てくれるなんて。


「それにしても、酷いことをするよねえ。いくら才能ギフトを持っていないからって、雑に扱うなんて」

「父上、その研究施設の総責任者が、王弟であり、聖都の枢機卿であるイーゼンブルク猊下だったのだ」

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