新たな厄介事
ひとまず冷静さを失っている勇者様の手を引き、人の少ないところへ移動した。
「魔法使い! あれは私の鎧だった!」
「ええ。わかっていますので、落ち着いてください」
「しかし――」
「こういうとき、お父様がどういった対応をされていたのか、よくよくご存じでしょう?」
父親の背中をよく見て育った勇者様は、すぐにピンときたようだ。
「争うのは時間の無駄だ。金で解決しよう」
「そのとおりです」
「しかしながら、私の私物はすべて回復師が持っている。売れそうな品は持っていないぞ」
「ご心配なく。この街には勇者様のお父上が経営している宝飾店がありますから!」
勇者様のすぐ背後に、そのお店はあった。
「たしかにあの店は父が経営しているが、脅して金品を奪うのか?」
「いいえ、そのような物騒なことはしません。事情をお話しして、宝飾品を譲っていただくんです。それを売った品で、金ぴか装備一式を買いましょう」
「ああ、なるほど。そういうわけか」
修道女の恰好をしているので、勇者様がご子息かわかるか心配だった。
けれども店主はすぐに勇者様だと気付き、どうかしたのかと聞いてくる。
事情を話すと、宝石ではなく売り上げの一部を譲ってくれた。
話が早くて非常に助かる。
すぐに金ぴか装備一式を取り戻した勇者様は、満足したように頷いていた。
「さて、勇者様、そろそろ夕食でも――」
「その前に、ギルドに行くぞ」
「なんでですか?」
「才能持ちのゴブリンが出現したことを報告しなければならない」
「あー」
才能持ちのモンスターは単体で村や集落を滅ぼした記録がある。
もしも目撃したときは、ギルドに報告しなければならないのだ。
変なところで真面目な勇者様である。
ギルドに行くと、顔を見ただけでギルド長がやってきた。
「ああ、勇者様! よかった! 実は相談事がありまして!」
ギルド長は手もみしながら話しかけてくる。
この様子だと、〝相談事〟と書いて、〝やっかいごと〟と読むようなことなのだろう。
すぐに奥の部屋へ通され、目の前にごちそうが並べられる。
空腹だったらしい勇者様は骨付き肉をナイフとフォークを使って優雅に食べながら、話に耳を傾けていた。
「して、どうした?」
「それがですねえ、少し困った依頼がござまして……」
テーブルの空いているスペースに、一枚の紙が置かれる。
それはギルドの掲示板に貼られている依頼書であった。
「んんん? リーフ村の腐死者討伐、だと?」
腐死者というのは、人の形に似たモンスターである。痛覚がないので、いくらダメージを与えても怯まないという、可能であるならば会いたくないモンスターだ。
「この依頼を受け、腐死者討伐に行った冒険者達が、戻ってこないのです。もしかしたら、腐死者にやられている可能性があります」
「なるほど」
「おそらく、普通の腐死者ではないのでしょう」
「才能持ちかもしれないのか?」
「ええ、そうなんです」
なんでもこの街で有名な冒険者が、十日ほど戻ってきていないらしい。
生存は絶望的だろうと判断し、これ以上被害者を出さないために掲示板から撤去したようだ。
勇者様は依頼書を手に取って、眉間に皺を寄せている。
「我らは魔王退治に行こうとしている身。ここで寄り道なんぞしている場合ではないのだが……」
ここでギルド長が立ち上がると、勇者様に向かって勢いよく平伏した。
「勇者様!! お願いします!! どうか、リーフ村に行って、腐死者を討伐してください!! お願いできるお方は、勇者様しかいないんです!!」
その言葉に勇者様の心が動いてしまったようだ。
単純な彼は、勇者様にしか、とか、勇者様でないと、みたいな使命感に駆られるような言葉にとことん弱いのである。
「わかった。私がリーフ村まで行き、腐死者を討伐してこようではないか!」
「あ、ありがとうございます! さすが勇者様です!」
凜々しい顔で頷く勇者様を見ながら、「あーあ」と思う。
回復師がいない状況で、どうやって腐死者と戦うというのか。
腐死者相手にもっとも有効なのは、回復師が使う回復魔法なのだ。
「魔法使いよ、今すぐリーフ村へ向かおうぞ」
「待ってください。夜はモンスターとの遭遇が倍以上になるんです。朝まで力を温存して出かけたほうがいいでしょう」
「まあ、そうだな」
本当に、勇者様の素直な部分だけはいいところだと思う。
ひとまずこの街で一泊してから向かうと言ってくれたので、ホッと胸をなで下ろした。
ギルド長と別れ、街を歩いていると、勇者様が何かを発見したようだ。
「勇者様、どうかなさったのですか?」
「いや、回復師の代わりにパーティーメンバーを補充したいと思っていたのだが、いい存在を見つけたかもしれない」
「はあ」
いったいどこの誰をスカウトすると言うのか。
嫌な予感しかしない。
「で、どなたをお誘いするのですか?」
「あれだ!!」
勇者様が元気よく指差したのは、檻に入れられた真っ白い犬だった。
「あ、あちらは……?」
「フェンリルの仔犬だな!」