世界樹を害する存在(もの)
世界樹に近付くにつれ悪寒が酷くなり、吐き気をもよおす。
その原因について、賢者曰く、魔力が汚染されているとのこと。
生まれたての赤子のように純粋無垢なはずの魔力が、悪しき力によって穢れているのだだとか。
「それでは、ここに聖司祭を呼んで浄化をしなければならない、というわけですか?」
「いえ、いくら聖司祭でも、これだけ汚染された魔力は浄化できないはずよ。それができるのは聖女しか――」
聖女と聞いてピンときたものの、モンスターが飛び出してきたのでヒュッと息を呑んだ。
ぶーちゃんは高く跳びあがり、モンスターを踏み潰す。
血や肉が飛び散り、お喋りどころではなくなった。
それから一歩進むにつれてモンスターが現れる。埒が明かないとぶーちゃんは思ったのか、超音波のような叫びをあげた。
『ぴいいいいいいいいいん!!』
すると、モンスターは苦しみ、血を吐いたあとその場から動かなくなる。
進行を妨害していたモンスターがいなくなったので、ぶーちゃんは風のように大森林を駆けていった。
世界樹の周囲には厚い結界が張られていた。
もちろん世界樹を守るメルヴが施したものではなく、世界樹を悪用している何者かが施していたであろう、邪悪な結界だ。
それを、ぶーちゃんは体当たりだけで壊してしまった。
結界がガラスのようにパラパラと崩れる中、ついに世界樹のもとへ辿り着く。
勇者様と賢者はぶーちゃんから降り、世界樹を見上げて驚く。
「な、なんだ、これは」
「嘘でしょう!?」
世界樹に巻きつく蔓は血管のように赤黒く染まり、ドクドクと鼓動していた。
明らかに、先ほどよりも太くなり、強く世界樹に巻きついている。
そんな状態になってしまった世界樹で、信じがたい光景を目にしてしまう。
黒い蔓が回復師の首や手足に巻きつき、魔力を吸収していたのだ。
蔓が急成長したように見えるのは、回復師の力を奪ったからなのだろう。
さらに衝撃的なことに、回復師の隣には勇者様の生首がぶら下がっていたのだ。
ぶーちゃんが動こうとしたものの、体をぎゅっと抱きしめる。
動かないで、とお願いしたら、大人しく従ってくれた。
勇者様(本物)と賢者は、勇者様の生首にも気付いたようだ。
「ひっ!」
「なんて残酷なことを!」
勇者様(本物)は「回復師よ、今すぐ助ける!」と勇ましく宣言し、銀色の剣を引き抜く。
賢者も魔法を展開した。
「――大爆発!!」
賢者の火系上位魔法が、蔓に襲いかかる。
世界樹に燃え移らないかヒヤヒヤしたものの、賢者は世界樹に守護魔法をかけていたようだ。
二種の魔法を同時に展開するなんて、さすが賢者である。
炎が爆ぜたのと同時に、煙が巻き上がった。
強い風が吹き、煙がかき消される。
蔓はどれだけのダメージを負っているのか確認したものの、傷ひとつ付いているようには思えない。
続けて、勇者様が斬りかかる。
その瞬間、これまで微動だにしなかった蔓が思いがけない行動にでた。
剣を振り下ろす勇者様(本物)の前に、捕らえた回復師を突きだしてきたのだ。
「なっ――!?」
勇者様(本物)はとっさに体を捻り、攻撃を中断させる。
受け身を取ろうと体勢を変えていたところに、蔓が襲いかかった。
体の均衡を崩している状態だったが、勇者様(本物)は剣で蔓を斬ろうとした。
しかしながら、蔓の表面には粘膜が付着していたようで、つるりと滑るばかりだ。
「な、なんだ、これは!?」
剣で斬りかかっても、粘膜に防がれてしまう。
一撃たりとも、ダメージを与えることはできなかった。
「賢者、気をつけろ! 粘膜のせいで、攻撃がまともに通じない!」
「そんなわけないじゃない!」
賢者は新たな魔法を展開させる。
火系の魔法が防がれてしまったので、今度は氷属性の魔法を展開させた。
「――氷の嵐」
氷を含んだ強い風が巻き上がる。
世界樹の周囲に生える草花は凍っているものの、蔓はそよそよと揺れるばかりであった。
「なんなのよ、あれ、きゃあ!!」
賢者の足に蔓が巻きついた。
彼女の体は綿毛が空を舞うようにふんわりと持ち上がる。
一瞬のうちにたくさんの蔓が巻きついていった。
「ちょっと、どういう――ああああああああ!!!!」
耳をつんざくような絶叫が響き渡る。
賢者は体を激しく痙攣させ血を吐く。
白目を剥き、動かなくなってしまった。
おそらく蔓が枯渇吸引、魔力を奪う才能を使ったのだろう。
回復師と同じように、動かなくなってしまった。
「賢者!!」
それを目撃した勇者様(本物)が、すぐさま賢者を助けに行こうとする。
しかしながら、それは叶わなかった。
「――かはっ!」
勇者様(本物)の背後から襲いかかった槍のような形状になった蔓に、心臓をひと突きされてしまったのだ。
「あ……!」
背後を振り返る暇もなく、たくさんの蔓に体を貫かれてしまう。
勇者様(本物)の体は蔓が持ち上げ、世界樹に貼り付けられた。
まるで、収集品のように美しく飾られてしまったのだ。
みんな、みんな死んでしまった。
もう、私とぶーちゃんしか残っていない。
そんな私達を嘲笑うかのように、目の前を蔓が蠢いていた。
『ぴ、ぴいいい!!』
ぶーちゃんは悲しげな声で鳴きながら、体をぶるぶる震わせる。
私を振るい落としたのだ。
『ぴい、ぴいいいいい!!』
目の前に魔法陣が浮かび上がる。それは、強固な守護魔法であった。
『ぴいいい、ぴい!』
まるで、ここから逃げろ。生き延びるんだ、と言ってくれているような気がした。
「そんな、そんな、ぶーちゃん! 私だけ逃げるわけには――」
『ぴいいいいい!!』
いいから行け。そう訴えているように思えた。
膝が震えて上手く力が入らないが、なんとか立ち上がる。
そうこうしているうちに、蔓がぶーちゃんに襲いかかった。
大粒の雨が降るように、鋭い杭のような蔓がぶーちゃんの全身に襲いかかる。
『ぴぎいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!』
「ぶーちゃん!!」
蜂の巣みたいになってしまったぶーちゃんの体も、蔓が持ち上げていき、世界樹に打ち付ける。
なんて酷いことをしてくれるのか。
絶望の文字が、脳裏を占拠する。
「……勇者様達を、死なせるわけにはいかないんです」
計画を実行するために、ずっと一緒に旅を続けてきたのだ。
それを台無しにさせるわけにはいかない。
蔓が次なるターゲットを私に定める。
視界が真っ黒になるほどの蔓が、目の前に迫った。
そんな光景を目にしながら、これが死の色か、と思う。