賢者と勇者の出会い
なんでも着実に、世界樹のもとに近付いているらしい。
景色は緑豊かな美しい森、といった雰囲気で、どこにもその姿は見えないのだが。
その理由について、賢者が説明してくれる。
「世界樹は高濃度のマナに包まれているの。それが結界のようになっていて、肉眼では見えないようになっているのよ」
「なるほど。そういうわけでしたか」
世界樹のもとへは、普通の人やモンスターであれば接近すらできないらしい。
「その結界を、普通ではない魔王がくぐり抜けてしまった、と」
「ええ。モンスターのおかしな行動も、魔王が世界樹の力を使ってやったに違いないわ」
もしも魔王と世界樹が繋がる魔法が存在するならば、賢者が壊すつもりらしい。
「世界樹はこの世の柱となる礎で、その力を奪おうだなんて、絶対に許さないんだから!」
賢者の熱い想いを聞き、この世界に生きる人々も捨てたものじゃない、と思ってしまった。
こういう人達にもっと早く出会っていたら、私の人生も別のものになっていたのだろうか?
いいや、そんなわけはない。
きっと運命は生まれたときから決まっているのだろう。
人々に〝才能〟が与えられているように……。
「そういえば、賢者様はどうやって勇者様(本物)と出会ったのですか?」
「私達のなれそめが気になるの?」
賢者は頬を赤く染め、少し照れた様子で聞き返してくる。
さすがの勇者様(本物)も聞き捨てならなかったのだろう。口を挟む。
「賢者、なれそめではないだろう?」
「言葉の深い意味なんてどうでもいいじゃない」
そうだろうか? と勇者様(本物)は首を傾げている。
しっかり強めに言っておかないと、本人がいない場所でも言ってしまうような気がするのだが。
勇者様(本物)はあまりにも人が善すぎる。心配になるくらいに。
「それで、勇者との出会いについてだったわね。あれはジリジリと日照りが続く日の話だったかしら――」
ロマンチックな話なのか。賢者はうっとりしながら話し始める。
ある日、賢者はハイエルフの長老より、魔王が人間達にもたらした被害について調査するように命じられたらしい。
賢者はしぶしぶ、イヤイヤといった感じで調査を始めたようだ。
「当時の私は、魔王なんて掃いて捨てるほど現れるし、人間なんて滅びたらいいと思っていたの」
なかなか過激な考えを持っていたようだ。
賢者は幼少期から村の外にでていなかったようで、人間に対し苦手意識があったらしい。
「初めて人里に下りたんだけれど、人間ったら、ジロジロ私を見るの!」
ハイエルフの年若く美しい乙女の姿が珍しかったのだろう。不躾な視線に晒され、二度と街には近付かないと心に誓ったらしい。
「それから私はエルフらしく、湖で魚を釣り、森でウサギを狩り、木の実を食べつつ、調査を続けていたわ」
問題は王都周辺での調査だったらしい。
「最悪だったの!! 湖の水は汚くて魚はまずいし、森の獲物は貴族が狩り尽くして見つからないし、木の実は腐った味がするし!!」
川の水も汚染されていて、お腹を壊したらしい。
「ここまで徹底的に環境を悪くした人間に対して憎しみが募ってしまって……」
その頃、賢者は王都の郊外に野営をしていたらしい。
ハイエルフが野宿をして暮らしている。そんな噂話が王都で広まり、様子を見にやってくる人間があとを絶たなかったようだ。
「腹が立った私は、興味本位で私に近付く人間共を滅してやろうと思ったわけ」
下心ありきで賢者に近付いたので、被害を受けた人々は騎士隊に通報しなかったらしい。
けれども、王都の郊外に凶暴なエルフが出現する――という怪談のような話が広まったようだ。
「そのエルフはもしや魔王ではないか、って囁かれていたようで、噂話を聞いた勇者が私を倒しにきたのよ」
出会った瞬間、勇者様(本物)は賢者が魔王ではなく、変わり者のハイエルフだと気付いたらしい。
何か事情があって野営をしているのだろうと察し、賢者に向かって「これまで大変だっただろう」と優しく声をかけたのだとか。
「初めて人間に優しくされて、思わず鼻血を噴いてしまったわ……」
なかなかとんでもない初対面だったわけだ。
もちろんロマンチックさなんて欠片もない、血にまみれた出会いである。
「それから私達の目的が魔王だってことがわかって、一緒に旅を始めたの」
途中で回復師と出会い、今に至ると言う。
「人間って大嫌いだけれど、すべての人間が愚かってわけじゃないから、今は少しだけ苦手意識も薄くなったわ」
「はあ、それはようございました」
「あなたのことも、まあ、嫌いじゃないわよ」
「光栄の至りでございます」
人間嫌いでツンケンしている賢者の心の壁を、勇者様(本物)はたった一言で壊してしまった。相当な人誑しなのだろう。
「あなたと偽物の勇者も恋仲だと思っていたんだけれど、違うのよね?」
「ええ、ぜんっぜん違います。勇者様と恋をするなんて、天と地がひっくり返るくらいありえないことです」
「そこまで言わなくても……」
恋とはなんなのか、それすらもよくわかっていない。
役立たずで空っぽな私には、一生縁がないものなのだろう。
そう確信していた。