和解、そして涙
パミラおばあちゃんが住んでいる島を後にして、次は四番目。この島は今までの島から少し離れていた。
「リディーム諸島を巡って来たけど、あと二島だけね。思ったより早かったわね」
風を受けながらジェニファーが言う。
ティナが答えた。
「そうね。でも、もう日が落ちる頃よ。船の中で眠らなきゃいけないかも」
「大丈夫ですよティナさん。船には部屋もシャワーもありますから。さすが、グリンズム王国の王様が下さった船です」
「お風呂もあるの? そしたら一緒に入れるわね。坊や達」
ロックとシトラスに向かって、ティナはウィンクをした。
「うっ」
ティナさんの裸……。
あの巨乳の中に、顔を埋められたら。
「な〜にエッチな想像してんのよ!」
鼻の下が伸びた男の子二人の頭上に、ジェニファーの杖が振り下ろされる。
ゴツンッ。
たんこぶが膨らむ。
シトラス達は頭を抱えてしゃがんだ。
「痛ててて。おいジェニファー、オレの頭が腫れちまったじゃねえか!」
「そうだぞ。いくらこの話がギャグだとしても……」
「あ〜ら。このお話ギャグだったの? それにティナさん。ちゃんとお風呂は男女別々ですから」
「あら、そうなの? でも可哀想だから、はい」
ティナがキュアラーをかけてくれた。
「ティ、ティナさん。シトラス達がエッチなんですから、そんな事……」
「お前なあ」
シトラスがジェニファーに近づく。
怒りが収まらないようだ。
「な、何よ」
「そんな事言うなら、こうする」
シトラスはジェニファーの背後に回った。
そして、彼女のスカートを勢いよくめくり上げる。
花柄のパンティがあらわになった。
「き、キャアアアアア!」
「お〜、今日は花柄かあ。ジェニファー、色々持ってんな〜」
「な、な、な、何言ってんのよ!」
スカートを押さえ、真っ赤になり、慌てる。
シトラスはからかうように言った。
「ん〜。さっきのお返し。それに少しはサービスしてよ。ジェニファーちゃん」
「もう! シトラスの馬鹿あ! エッチぃ!」
「ハハハハハハ……」
ロックとティナまでつられて笑う。
と、そこに、
「何か賑やかじゃの〜」
この声は、聞き覚えのある声。
シトラスは服からクリスタルを出した。
「神父さま!」
「その声はシトラスか。久しぶりじゃの。こっちから通信しようと思ったら騒ぎ声が聞こえての。何かあったのか?」
「い、いえ。何ともないです」
シトラスは慌てて取り繕った。
神父さまの声を聞こうと、ジェニファー、ロック、ティナが彼の周りに集まる。
「そうか。それならいいのじゃ。しかしの、せっかくじゃから、お主達の顔が見たいのお。そうじゃろ、シトラス」
「そうですね。俺達も神父さまの顔が見たいです」
「ならシトラス。クリスタルに祈ってみるといい。わしもこっちから祈ろう」
「えっ!?」
「きっと不思議な事が起きるぞ」
半信半疑のまま、シトラスはクリスタルに祈りを捧げた。
「クリスタルよ。神父さまの姿を、どうか写して」
するとクリスタルが一瞬光り、懐かしい神父さまの姿が写った。
「これは……?」
「写ったか。わしの方もお主達の姿が見えるぞ。やはりクリスタルのレベルが上がっていたようじゃな」
「レベル?」
「そうじゃ。このクリスタルはある程度使うと、今度は周りの景色を写せるようになる。これで今度からは顔を見ながら話せるの」
「そうですね」
シトラス達はクリスタルに感激していた。
まさかこんな機能があるなんて。
神父さまはティナに視線を合わせる。
「お主がティナか。初めてお目にかかるな。サララから話だけは聞いておったが、実際にこうして会ってみると、その……、美しいのお」
「ありがとうございます。アタシもシトラスからあなたの話を聞きました。アルズベルト村でシトラスがお世話になったそうで。出身地の者として、礼を言います」
「改めて礼を言う必要は無いぞ。当たり前の事をしただけじゃ。シトラスは勇者である前に子供じゃ。その子を、放っておく事はできん。お主もそうじゃろ?」
「はい!」
ティナは力強く返事をした。
神父さまはニッコリ微笑んで、
「そうじゃ。ジェニファー、ロック。お主達に会わせたい者達がいるのじゃ」
と言った。
ロックとジェニファーは、誰だろうと思いつつクリスタルを眺める。すると、そこに写ったのは、
「ロック〜。会いたかったぞ〜」
「ジェニファー、元気でいたの? 具合悪いとか無い? もう、心配で」
「お、親父、お袋!」
「パパ、ママ!」
ロックとジェニファーの両親が、神父さまの脇から顔を出した。
神父さまは気を使い、少し後ろに下がる。
「ロック。旅は順調か? わたし達はもう、無理にお前に帰って来いとは言わない。お前が無事なら、それでいい。魔王を倒すとお前が決めたのなら、それを尊重する」
「親父……」
「ただ、死なないでくれ。無事に帰って来てくれ。それだけが願いだ」
「……ああ」
「ジェニファー。わたし達のジェニファー。ああ、今すぐこの腕に抱きしめたい。あなたが居なくなって、わたし達はとても悲しかった。でも、神父さまがおっしゃったの。あなた達は、相当な覚悟を持って、村を出たのだと。大事な娘が決めた事。今では、誇りだと思っているわ」
「ママ、パパ……」
「でも、辛かったらいつでも戻っておいで。少し休んでまた始めよう。君は、簡単に諦めないだろう?」
「うん!」
一通り子供達と話をした両親は、ティナに挨拶をし、最後にシトラスを呼んだ。
彼はロックとジェニファーの後ろに隠れている。
それでも、意を決して前に出て来た。
「何でしょう」
悲しそうな、苦しそうな、何とも言えない顔をしている。
ロックの父親が、代表して喋った。
「君が、そんな顔をするのは分かる。我々が君にしてしまった事は、本当に申し訳ないと思っているよ。アルズベルト村を代表して、謝らせてもらう。済まなかった。我々は怯えていたんだ。村が魔王に滅ぼされるんじゃないかと。しかし、君とサララが、守ってくれていたんだね。シトラス。君はアルズベルトの家族だ。いつでも、帰って来ていいんだよ」
「今頃、そんな事を言われても……」
「シトラス!?」
ジェニファーはびっくりして、シトラスをなだめようとしたが、ティナに止められた。
「ティナさん、何を……?」
「ジェニファー。シトラスは今まで、我慢してたの。言いたい事も言えずに、辛くてもじっと耐えて。あなたやロックには甘えられるかもしれない。でも、アルズベルトの村人達にはどう? 泣く事も、文句を言う事もできなかったはずよ」
「あ……」
「だから、いっぱい言わせてやろうよ。溜めてた分まで」
「はい」
ロックの両親も、ジェニファーの両親も黙っていた。シトラスの痛みを、受け止める気なのだ。
それがせめて、彼に酷い事をした自分たちの償いだから。
「俺はティナさんから聞きました。俺の生まれた村が、魔王によってどんな仕打ちを受けたのかを。あなた達の怖さも分かります。俺だって怖いから。でも姉さんは、こんな俺でも優しくしてくれました。姉弟になってくれました。だから、俺は生きられたんです」
「………」
「姉さんは、ある程度覚悟していたんだと思います。俺が村を出ると決めた時、反対もせず、笑ってついて来てくれました。ロックとジェニファーにも感謝しています。危険な旅だと分かっていたのに、俺の為に村を捨てて来てくれるなんて。だから俺は、これからも、ロック達と旅がしたいんです」
「うん」
「でも、姉さんはもういない。優しくて、いつも俺の側にいてくれた姉さんは……! 何でだよ。何で今頃なんだよ! 姉さんが死んでからじゃ遅いんだよ!」
シトラスは叫んだ。
それはシトラスが初めて、村人の前で見せた涙だった。
わがままを言っているかもしれない。
けど、止まらなかった。
ずっと、分かって欲しかったから。
「シトラス……。ごめんよ。辛かったろう。君の気持ちを理解できなくて、ずっと我慢をさせて悪かった。我々は、何て事をしてきたんだ」
「………」
「でも、もう大丈夫だ。思い切り泣いて叫べばいい。我々が受け止めるよ。同じ村の、家族なんだから」
「う、あ、ああああっ!」
思いが溢れ出した。
ただの子供に戻って泣く。
そんな彼の背中をそっと、ジェニファーが抱いた。
ロックとティナも側にいる。
俺、みんなと仲間になれて、良かった。
やがて、すっきりした気持ちで和解したシトラス達は、船の上とアルズベルト村で同じ夕日を眺めた。
最後に、神父さまが言う。
「良かったな、シトラス。お主のやってきた事が報われて。ティナさん、子供達を頼みますぞ。シトラス、ジェニファー、ロック。元気でな。わしはいつでも味方じゃぞ」
「はい!」
「お主達の行く末に、光があるように」
通信は切れた。
清々しい気持ちだ。
次の島が見える。
しかし夜なので、静かに、
「やった。やっと、大ラッキー!」
「オーッ」
小声で言った。
輝く、笑顔だった。