前へ次へ 
58/635

和解、そして涙

 パミラおばあちゃんが住んでいる島を後にして、次は四番目。この島は今までの島から少し離れていた。


「リディーム諸島を巡って来たけど、あと二島だけね。思ったより早かったわね」


 風を受けながらジェニファーが言う。

 ティナが答えた。


「そうね。でも、もう日が落ちる頃よ。船の中で眠らなきゃいけないかも」

「大丈夫ですよティナさん。船には部屋もシャワーもありますから。さすが、グリンズム王国の王様が下さった船です」

「お風呂もあるの? そしたら一緒に入れるわね。坊や達」


 ロックとシトラスに向かって、ティナはウィンクをした。


「うっ」


 ティナさんの裸……。

 あの巨乳の中に、顔を埋められたら。


「な〜にエッチな想像してんのよ!」


 鼻の下が伸びた男の子二人の頭上に、ジェニファーの杖が振り下ろされる。


 ゴツンッ。


 たんこぶが膨らむ。

 シトラス達は頭を抱えてしゃがんだ。


「痛ててて。おいジェニファー、オレの頭が腫れちまったじゃねえか!」

「そうだぞ。いくらこの話がギャグだとしても……」

「あ〜ら。このお話ギャグだったの? それにティナさん。ちゃんとお風呂は男女別々ですから」

「あら、そうなの? でも可哀想だから、はい」


 ティナがキュアラーをかけてくれた。


「ティ、ティナさん。シトラス達がエッチなんですから、そんな事……」

「お前なあ」


 シトラスがジェニファーに近づく。

 怒りが収まらないようだ。


「な、何よ」

「そんな事言うなら、こうする」


 シトラスはジェニファーの背後に回った。

 そして、彼女のスカートを勢いよくめくり上げる。

 花柄のパンティがあらわになった。


「き、キャアアアアア!」

「お〜、今日は花柄かあ。ジェニファー、色々持ってんな〜」

「な、な、な、何言ってんのよ!」


 スカートを押さえ、真っ赤になり、慌てる。

 シトラスはからかうように言った。


「ん〜。さっきのお返し。それに少しはサービスしてよ。ジェニファーちゃん」

「もう! シトラスの馬鹿あ! エッチぃ!」

「ハハハハハハ……」


 ロックとティナまでつられて笑う。

 と、そこに、


「何か賑やかじゃの〜」


 この声は、聞き覚えのある声。

 シトラスは服からクリスタルを出した。


「神父さま!」

「その声はシトラスか。久しぶりじゃの。こっちから通信しようと思ったら騒ぎ声が聞こえての。何かあったのか?」

「い、いえ。何ともないです」


 シトラスは慌てて取り繕った。

 神父さまの声を聞こうと、ジェニファー、ロック、ティナが彼の周りに集まる。


「そうか。それならいいのじゃ。しかしの、せっかくじゃから、お主達の顔が見たいのお。そうじゃろ、シトラス」

「そうですね。俺達も神父さまの顔が見たいです」

「ならシトラス。クリスタルに祈ってみるといい。わしもこっちから祈ろう」

「えっ!?」

「きっと不思議な事が起きるぞ」


 半信半疑のまま、シトラスはクリスタルに祈りを捧げた。


「クリスタルよ。神父さまの姿を、どうか写して」


 するとクリスタルが一瞬光り、懐かしい神父さまの姿が写った。


「これは……?」

「写ったか。わしの方もお主達の姿が見えるぞ。やはりクリスタルのレベルが上がっていたようじゃな」

「レベル?」

「そうじゃ。このクリスタルはある程度使うと、今度は周りの景色を写せるようになる。これで今度からは顔を見ながら話せるの」

「そうですね」


 シトラス達はクリスタルに感激していた。

 まさかこんな機能があるなんて。

 神父さまはティナに視線を合わせる。


「お主がティナか。初めてお目にかかるな。サララから話だけは聞いておったが、実際にこうして会ってみると、その……、美しいのお」

「ありがとうございます。アタシもシトラスからあなたの話を聞きました。アルズベルト村でシトラスがお世話になったそうで。出身地の者として、礼を言います」

「改めて礼を言う必要は無いぞ。当たり前の事をしただけじゃ。シトラスは勇者である前に子供じゃ。その子を、放っておく事はできん。お主もそうじゃろ?」

「はい!」


 ティナは力強く返事をした。

 神父さまはニッコリ微笑んで、


「そうじゃ。ジェニファー、ロック。お主達に会わせたい者達がいるのじゃ」


 と言った。

 ロックとジェニファーは、誰だろうと思いつつクリスタルを眺める。すると、そこに写ったのは、


「ロック〜。会いたかったぞ〜」

「ジェニファー、元気でいたの? 具合悪いとか無い? もう、心配で」

「お、親父、お袋!」

「パパ、ママ!」


 ロックとジェニファーの両親が、神父さまの脇から顔を出した。

 神父さまは気を使い、少し後ろに下がる。


「ロック。旅は順調か? わたし達はもう、無理にお前に帰って来いとは言わない。お前が無事なら、それでいい。魔王を倒すとお前が決めたのなら、それを尊重する」

「親父……」

「ただ、死なないでくれ。無事に帰って来てくれ。それだけが願いだ」

「……ああ」

「ジェニファー。わたし達のジェニファー。ああ、今すぐこの腕に抱きしめたい。あなたが居なくなって、わたし達はとても悲しかった。でも、神父さまがおっしゃったの。あなた達は、相当な覚悟を持って、村を出たのだと。大事な娘が決めた事。今では、誇りだと思っているわ」

「ママ、パパ……」

「でも、辛かったらいつでも戻っておいで。少し休んでまた始めよう。君は、簡単に諦めないだろう?」

「うん!」


 一通り子供達と話をした両親は、ティナに挨拶をし、最後にシトラスを呼んだ。

 彼はロックとジェニファーの後ろに隠れている。

 それでも、意を決して前に出て来た。


「何でしょう」


 悲しそうな、苦しそうな、何とも言えない顔をしている。

 ロックの父親が、代表して喋った。


「君が、そんな顔をするのは分かる。我々が君にしてしまった事は、本当に申し訳ないと思っているよ。アルズベルト村を代表して、謝らせてもらう。済まなかった。我々は怯えていたんだ。村が魔王に滅ぼされるんじゃないかと。しかし、君とサララが、守ってくれていたんだね。シトラス。君はアルズベルトの家族だ。いつでも、帰って来ていいんだよ」

「今頃、そんな事を言われても……」

「シトラス!?」


 ジェニファーはびっくりして、シトラスをなだめようとしたが、ティナに止められた。


「ティナさん、何を……?」

「ジェニファー。シトラスは今まで、我慢してたの。言いたい事も言えずに、辛くてもじっと耐えて。あなたやロックには甘えられるかもしれない。でも、アルズベルトの村人達にはどう? 泣く事も、文句を言う事もできなかったはずよ」

「あ……」

「だから、いっぱい言わせてやろうよ。溜めてた分まで」

「はい」


 ロックの両親も、ジェニファーの両親も黙っていた。シトラスの痛みを、受け止める気なのだ。

 それがせめて、彼に酷い事をした自分たちの償いだから。


「俺はティナさんから聞きました。俺の生まれた村が、魔王によってどんな仕打ちを受けたのかを。あなた達の怖さも分かります。俺だって怖いから。でも姉さんは、こんな俺でも優しくしてくれました。姉弟(きょうだい)になってくれました。だから、俺は生きられたんです」

「………」

「姉さんは、ある程度覚悟していたんだと思います。俺が村を出ると決めた時、反対もせず、笑ってついて来てくれました。ロックとジェニファーにも感謝しています。危険な旅だと分かっていたのに、俺の為に村を捨てて来てくれるなんて。だから俺は、これからも、ロック達と旅がしたいんです」

「うん」

「でも、姉さんはもういない。優しくて、いつも俺の側にいてくれた姉さんは……! 何でだよ。何で今頃なんだよ! 姉さんが死んでからじゃ遅いんだよ!」


 シトラスは叫んだ。

 それはシトラスが初めて、村人の前で見せた涙だった。

 わがままを言っているかもしれない。

 けど、止まらなかった。

 ずっと、分かって欲しかったから。


「シトラス……。ごめんよ。辛かったろう。君の気持ちを理解できなくて、ずっと我慢をさせて悪かった。我々は、何て事をしてきたんだ」

「………」

「でも、もう大丈夫だ。思い切り泣いて叫べばいい。我々が受け止めるよ。同じ村の、家族なんだから」

「う、あ、ああああっ!」


 思いが溢れ出した。

 ただの子供に戻って泣く。

 そんな彼の背中をそっと、ジェニファーが抱いた。

 ロックとティナも側にいる。

 俺、みんなと仲間になれて、良かった。


 やがて、すっきりした気持ちで和解したシトラス達は、船の上とアルズベルト村で同じ夕日を眺めた。

 最後に、神父さまが言う。


「良かったな、シトラス。お主のやってきた事が報われて。ティナさん、子供達を頼みますぞ。シトラス、ジェニファー、ロック。元気でな。わしはいつでも味方じゃぞ」

「はい!」

「お主達の行く末に、光があるように」


 通信は切れた。

 清々しい気持ちだ。

 次の島が見える。

 しかし夜なので、静かに、


「やった。やっと、大ラッキー!」

「オーッ」


 小声で言った。

 輝く、笑顔だった。





 前へ次へ 目次