思いがけない手紙
世界を旅している叔母が、私にいったい何用なのか。
叔母と顔を合わせたのは幼少期に一度きりで、それ以降、会ったこともなければ、手紙を交わした覚えもない。
ドキドキしながらペーパーカッターで封を切る。
二つ折りの便せんを開いた瞬間、血で書いたような文字が綴られていたので悲鳴を上げそうになった。
その様子を見たゾフィアが、心配そうに声をかけてくる。
「エリザベル様、いかがなさったのですか?」
「お、叔母からの手紙が、真っ赤な文字だったので、驚いてしまいまして」
「あらまあ」
ゾフィアは代読しましょうか、と言ってくれたものの、断って自分で読むことにした。
赤い文字はインクだったようで、一気に脱力する。
旅の途中で、黒いインクが品切れだったため、売れ残っていた赤インクを使うしかなかったようだ。
叔母は自分自身が〝血ぬれの吸血夫人〟と呼ばれていることをわかっているのだろうか。常日頃からしっかり自覚してほしいと心の奥底から思った。
叔母の手紙には結婚を祝福する言葉と、私がバートリ家の吸血姫と呼ばれていることに対しての謝罪が書かれていた。
もしや噂を知らないのでは? と思っていたものの、叔母はしっかり〝血の吸血夫人〟と呼ばれていることを把握していたようだ。
なんでも叔母は、十日後にプネに立ち寄るという。そのタイミングで会えないか、と手紙に書かれていた。
久しぶりに会って、お茶の一杯でも飲みたいようだ。
正直、何を話すのかと思ったものの、世界中を旅する叔母の話を聞くのも悪くはないだろう。
父から届いたトカイワインを、プネにいるアトウマン帝国の商人に預ける約束も取り付けていたのだ。いい機会だろう。
さっそくブラッド様に相談する。
「というわけで、叔母と会う約束をしたいのですが」
ブラッド様は幼竜の短い腕を組み、険しい表情を浮かべた。
『会うのは別に問題ないのだが、場所がプネというのが引っかかる』
カンタクジノ家の本拠地なので、安心して送り出せないのだろう。
ブラッド様は仕事が山積みらしく、同行は難しい。
ならば、とダメ元で提案してみた。
「でしたら、お義父様と一緒に行くのはいかがでしょうか?」
『父上と?』
「はい。もちろん、お義父様がよければ、の話なのですが。牛の頭蓋骨が見えないように外套の頭巾を深く被ったら、ブラッド様が視察にやってきたようにも見えますし」
『それもそうだな……』
ブラッド様が直々にやってきたという話が広まれば、カンタクジノ家へのけん制にもなるだろう。
『わかった。父と一緒ならば、プネに行くことを許可する』
「ブラッド様、ありがとうございます」
父君の了承も得ることができたので、プネ行きが決まった。
叔母への返信は、伝書魔法で飛ばしてもらう。翌日には楽しみにしている、という手紙が届いた。
まだ数日先だが、なんだか緊張してしまう。
上手く話せるよう、祈る他ない。
◇◇◇
叔母との面会当日を迎えた。昨晩はなんだか心が落ち着かず、あまり眠れなかった。
憂鬱な私とは違って、父君とモフモフはなんだか楽しそうである。
『久しぶり、プネ!』
『モフモフハ、初メテ!』
あれくらい気楽にプネに行けたらいいのだが……。
叔母はバートリ家で一、二を争うほどの気性の荒さだと父から聞かされていたので、不興を買ってしまわないか、ハラハラしていた。
もう腹をくくるしかないのだ。
スタン卿が操縦する竜車に乗り、プネを目指す。
父君とモフモフは、竜車の中でも上機嫌だった。
ずっとポナエリ城に引きこもっていたので、今回の旅はいい息抜きになっているようだ。
父君を付き合わせてしまって申し訳ない、と思っていたのだが、楽しそうにしているので気持ちが少しだけ楽になった。
ゾフィアは私と同じく、緊張の面持ちでいる。叔母と会うのは初めてなので、余計に気が気でないのだろう。
申し訳ないことに、そこまで怖がる必要はない、と安心させる言葉すらかけられないでいた。
「ゾフィア、一緒に頑張りましょうね」
「は、はい」
なんの励ましにもならないことを言いつつ、ゾフィアと共に遠い目をしながら車内の時間を過ごしたのだった。
通商の街プネに到着する。
鞄などはコーマン卿に任せ、私と父君、ゾフィアとスタン卿は街を歩くこととなった。
イアンが起こした事件については瞬く間に街中に広がったらしく、街並みが少し変わっていた。
カンタクジノ家が管理していた第四区画は閉鎖され、立ち入り禁止となっている。
その影響で、第一区画は買い物客でごった返していた。
農作物を販売するエリアは、ほぼ商品が売れてしまったようで、ガラガラだ。
第一区画の商店は父君にとって思い出が深い場所らしく、景色をじっくり眺めているように見えた。
思う存分付き合おう、と思っていたのに、父君はすぐに振り返って話しかけてくる。
『嫁、欲しい物、ある?』
どうやら父君は、私のために何か買ってあげたくなったらしい。
ここで遠慮するのも逆に失礼かと思い、幼竜体のブラッド様がすっぽり入りそうな籐のかごを買ってもらった。
『これ、息子、入れる、運ぶ?』
「はい、そうなんです」
『かわいい、かも!』
父君はモフモフが収まる小さなかごを買ったようだ。すぐにモフモフはかごの中に入り、居心地よさそうに目を細めていた。
『嫁、入るかご、ない!』
「わ、わたくしは大丈夫ですわ」
『う~ん』
竜に戻ったときに、私をかごに入れて大空を飛びたい、なんて言われてしまったものの、恐ろしいので丁重にお断りさせていただいた。
『かわいいの、かごに入れたら、もっとかわいい、のに』
どうやら私も父君のかわいいの枠組みに入れていただいていたようだ。
ありがたい話である。
楽しいお買い物の時間はあっという間に過ぎていく。
街中を散策する中で、父君がピタリと立ち止まる。
そこは露店が並ぶ路地裏だった。
『これ、牛のやつ、ここで買った』
「そう、だったのですね」
第一区画は国ごとに商品を販売するエリアが分けられているが、ここはさまざまな国の商品を売る店が、区別されることなく売られていた。
明らかに治安が悪そうな通りであるものの、父君は気にすることなく、スタスタと入っていく。
皆で慌ててあとを追ったのだった。