第73話 いよいよ開戦のようですが、ほんとにこれでいけますか?
「弓持つの? しかも、石弓じゃない、遊び用のやつ?」
「お前、弓の訓練のこと遊びだと思ってたの? 余裕すぎねえ? ほい、持って。あと、これもな。硬く焼きしめた果物と花のタネ入り穀物クッキー。戦争用おやつ」
「おいしそう……段々遠足行くみたいな気分になってきた」
私が言うと、ザクトはけらけら笑う。
「逆! 遠足が戦争の予行練習なの! ほら、荷物まとまったらシロと馬乗って隊列に戻って。フィニスさまからちょー燃えるお言葉あるから」
ノリが明るいなあ。
騎士団にとっては、これも日常なんだな。
っていうか、こっちのほうが日常、だったのかな。
私は中庭をながめた。
人、人、人。中庭は人でいっぱいだ。
黒狼騎士たちはみんな黒い鎧で、やたら目立ってるのは魔道士の礼服。
長い棒にくっついた旗がいくつも揺れている。
みんな頬を赤くして、どこか楽しそう。
……やっぱりこれ、遠足じゃないのかなあ。
そんなことを考えてたら、城門の上にトラバントが顔を出した。
「静粛に!! 出陣に際し、帝国の牙にして最強の盾、黒狼騎士団長、プルト伯、フィニス・ライサンダー卿よりお言葉がある!!」
ひゃー、重武装のトラバント初めて見たかも!
黒狼騎士団の鎧は、重武装っていっても割と軽やかだ。理由は『直接斬りこまれるようなヘマはやらないから』らしい。勇ましくも思えるけど、なんていうかこう、男の子の強がり、だよね。
トラバントが一歩引くと、フィニスが現れた。
はい、美形。
安定の美形だな~。もう見慣れたからな、最初みたいな衝撃はないわ。
って、言うと思ったか……?
う、うわあああああん!! 残念でした、重武装のフィニスを見るのは初めてでしたーーーーーはい死亡!!!! 死んだ、死んだよ、戦争始まる前に死んでしまったよ!!
ここで萌えるのは不謹慎な気がするんだけど、でもでもでも、あえて渋く燻した黒鎧に金の縁取りをほどこした鎧が最高にフィニス!! って感じだし、赤いマントがめちゃくちゃ映えるし、フィニスさまって鎧着て生まれてきたんじゃないですか!? っていうくらい似合ってます。
生きててよかった、ありがとう人生、さようなら旧世界!
これから私は『重武装のフィニスを見てしまった私』として生きていきます!!
たぎる私をよそに、フィニスはちょっと笑った。
「久しぶりの割には、みんな時間通りに集まったな。えらいぞ」
はーーーーー!?
なんですか、その幼児褒めるみたいな言い方は!
嬉しいですけど!!
正直嬉しいですけど!!
なんならご飯のメニュー聞くときのほうが眉間にしわ寄ってませんか!?
騎士たちも同じ気持ちらしい。辺りには笑いが広がる。
「寝坊はしてません!!」
若い騎士がふざけて叫んだ。
フィニスは彼を見る。
「よくやった。だが寝癖はついてるぞ、アロイス」
はっとして頭をおさえるアロイス。
笑いはさらに大きくなった。
「団長ーー!! 俺は、寝る前からバッチリ髪型決めてきました!!」
今度は別の騎士が言う。
フィニスはうなずく。
「いいぞ、クリストフ。顔以外は実に決まっている」
さらにみんなは大笑い。
きわどい冗談だけど、言ってるのが絶世の美形だからね。笑うしかないよね。
……それにしても。
フィニスって、騎士たちの顔と名前、みんな覚えてるの……?
「――さて。今日までお前たちがいかに訓練をしてきたか、戦友のために心を砕いてきたか、わたしは知っている。お前たちの名前と共に、はっきりと覚えている」
フィニスは優しく言う。
みんなの顔もなんとなくゆるむ。
それを見届けてから、フィニスはふいに瞳を冷たくした。
彼は声を張り上げる。
「だが、ここからは名を捨てよ!! お前たちは騎士だ。それ以外には何も要らない。富も。名誉も。家柄も、まばたきひとつで消える現世の幻にすぎない!! ここより先にあるものは、輝ける門に続く一本の道のみ。生も死もない。我らに『楽園』の加護があるかぎり、我らの道は永遠の光に通じる!!」
「「「「「おおおおおおーーーーーー!!」」」」」
どっ、と、空気が沸き立つ。
すごい。興奮が伝わってくる。巻きこまれる。
目の前があざやかになって、光を感じる。
空が青い。フィニスが美しく立っている。
世界がきれい。あんまりにも。
その横に、ルビンが立つ。
「敵は異教徒だ。まずは殲滅し、我らが六門に招き入れよ。そのあとは、いかなる行為も『楽園』の名の下に許される。いくらでも許してやる。とにかくド派手にいけ!!」
いかなる行為も、って、どういう行為のことなんだろう。
私がぼうっとしているうちに、フィニスが声をあげた。
「楽園よ、我らを永遠に導き給え!! 楽園!!」
「「「「「楽園!!」」」」」
「「「「「永遠!!」」」」」
大声。どよめき。揺れる旗。
私がぐらぐらしていると、シロが肩にのぼってきた。
――若いのに、立派なもんじゃ。
――シロ。私、ちょっとだけ怖いよ。……初めてだから、かな。
――はてさて、どうかな? それにしてもフィニスはよくやるのう。緊張をほぐした後に盛り上げる。まるで生きた薬物じゃな。
シロは、笑ったみたいだった。
■□■
私が敵の姿をまともに見たのは、その三日後だった。
「う、わ……た、大軍じゃない……!?」
「えっ、そう? 一万人くらいしかいなくない?」
爽やかに言うザクト。
私は目をまるくした。
「た、大軍じゃない!!?? 一万は!! ちなみにこっちって?」
「歩兵あわせて三千くらい~」
はい、死んだ。
冬にたどりつく前に、こんなところで死んだよ!
ふふ……覚悟はしてたけど、短い人生だったなあ。
死ぬ前に、フィニスの本気の寝癖とか、その他諸々いろんなものが見たかった……。
死んだ目になる私の前には、白い平原が広がっている。
東部辺境は山だらけ、森だらけなんだけど、ここは通年平原のままだ。
なんでかって、ここ、湖なんだって。
謎の力で一年中凍ってるらしい。
その湖の向こうにひしめく騎兵の群れ。
――いやあ、これは死にますわ。
「いや、死なないって。っていうか、帝国に攻めこもうっていうのに一万、すくねーから」
「ま、まあ、それは確かに?」
私が首をかしげると、ジークが口をはさんだ。
「カグターニには帝国みたいな騎士団がないんだよ。戦争するよ~って招集かけるたびに、そのへんの領主が手勢を連れてきてるだけなんだ。日数契約だから長引くと帰るし、お金で寝返ることも少なくない」
「結構自由だね。っていうかそれ、実質傭兵部隊なんじゃ……?」
「そういうこと。練度でも士気でもこっちが上だよ」
だったらいける、のかなぁ。
三分の一以下だよ、こっち。
それに、なんというか……。
徒歩。
私たち、馬下りて、狼とも別れて、今、徒歩なんだよね!!
えー、簡単に説明しますと、騎兵は歩兵に強いです。
普通は、騎兵は騎兵同士で殴り合うものです。
なのに、なんでか私たち、本来の歩兵と混じって最前線にいるんですよね。
いや、ほんとに、なんで!!??
「そもそも事前情報あったから、敵が参集する途中に奇襲かけて大分人数減らしてあるんだよね。ってことで楽勝楽勝!」
「ザクト、でも、この、騎兵に徒歩で対抗するのは無理がない!? そもそも私たちって黒狼『騎士』じゃなかったっけ? ほんとにこれでいけるのかなぁ!?」
「いけるいける! 俺の目を信じて! いざとなったらこのまま葬ってもらえるように、俺、例の胴着しこんできたから!」
「完全に死ぬ覚悟してるしーーーーー!! ばかーーーー!!」
私が叫んだのとほとんど同時に、敵側から派手な太鼓の音が聞こえた。
ザクトが目をきらきらさせて叫ぶ。
「そーら、お待ちかねの開戦だ!!」