第57話 ギラギラ美形と帝都の休日です!
「というわけで、ここが帝都一の映えスポット!『六門広場の図書館』とその前の大階段だよー!!」
「はあ」
私は生返事をする。
ながーいながーい階段に腰かけ、目の前には噴水。
そして、ひざまずいてるギラギラの金髪美形。
「別にいいんですよ。いいんですけどね……」
「いいんですね、とは!? どうしたんだい君、この景色が見えているのかい? 帝都の女の子ならみんな夢中になるよ! この『図書館』の名を冠した噴水のみどころは、ひしめきあう美男子像だよ。帝都の美男子は、いずれこの像の仲間入りをすることを夢みて、日々美貌のお手入れに余念がないんだ!」
「他のこともやったほうがいいですよ。死んだあとのことなんか、基本忘れるんだし」
「冷静ーーーーー!! その冷たさも、心に空いた穴からきているんだねっ?」
「穴ないです。胸にはみっちり詰まってます、筋肉とか、寄せてあげた胸とかが」
「直接的っっっっ!! 君、手強いね。なんだか燃えてきたよ……」
「そのまま燃えつきてくれないかなぁ。えーっと、令嬢風に言うと、あなたの心を焦がす炎が、あなたのうるわしいお顔を焼いてしまわないか心配です……この世の美の妖精は、残らずあなたに焦がれ抜いて、手招きしているでしょうから」
「美しい比喩も使えるとは、完璧では? やっぱり僕ら、結婚しない?」
「無理」
「そっか。じゃあ、甘いものをどうぞ」
リヒトは笑って、屋台で花の形のお菓子を買ってくれた。
そこは退くんだ、と思ってお菓子をかじる。
「!? つめたっ!!」
「氷菓子は初めて? ここじゃ、屋台でも魔法を使えるんだ。面白いよね」
目尻を下げてリヒトが言う。
「なるほど。帝都って魔法の国なんですね」
帝都で遊びほうけてこなかったから、イマイチそんな気がしなかったけど。
私は考える。
フィニスが死んだときのあの炎。
魔道士が直接やったんじゃなく、こういう魔法技術でやったのかも?
屋台に乗せられるレベルのしかけなら、余裕で持ち運べるはずだ。
考えているうちに、氷菓子がとろりと溶ける。
「あ、こぼれるよ」
リヒトが私の手を取った。
そのまま、手にこぼれた氷菓子に口を寄せる。
「うっわ!!!! 何してるんです!?」
思わず叫び、身をかわした。
ついでに相手の力を利用して、リヒトを石段に投げ飛ばす。
おっ、さすが騎士、一応受け身とったな。
リヒトはころんころんと立ち上がり、目を丸くした。
「え!? あ、あれ!? ごめんね、なんだか無様に転んだりしちゃって……。なんだろ、ブーツ磨きすぎたかな?」
「あ、あは、あははは、きっとそうだと思いますわー。ってことで私、そろそろ帰ります」
「待ってよ、まだ日暮れまでには時間がある。日暮れまでに、君を完全に落とすって決めたんだ」
はーーーーー。
めげない男だなあ……。
「じゃあ、次は何を見せてくださいますの?」
断るのも面倒だ。
私は石段に座り直し、氷菓子を胃に収めてから言う。
リヒトは隣に座った。
「夢をみせてあげる」
「寝るなら自分の帝都屋敷で寝ますけど」
「帝都に屋敷があるんなら、君、本当にいいところのお嬢さんだね。だからこそ、それだけ自由でいられるんだ」
リヒトは笑う。
なんていうか、ばかじゃないんだよね、このひと。
楽園守護騎士団なんだから、家柄は完璧なんだろうし。
あんまり油断してると、本気で実家が結婚させようと動き出すかもしれない。
それは、それだけは、避けたいな……。
結婚しちゃったら、フィニスを守れない。
「あなたが思うほど、令嬢の自由は大きくありませんわ」
私は本気で言う。
リヒトは美しい顔でほおづえをついた。
「あは、そうかもね。君は前の婚約者に心囚われてるし。でもね、忘れていいんだよ?」
「はあ」
「あー、ほら、その顔。自分にとっては死んだ婚約者が絶対です、って顔」
リヒトはけらけら笑い、不意に顔を近づけてきた。
深い青の瞳が、きらっと光る。
「その顔するとき、君、目が死んでるよ?」
えっ。
私は、固まる。
リヒトの唇が囁く。
「死んだひとにこだわり続けると、自分の心も死んじゃう。気をつけて? 死んだ婚約者のほうは、案外君のこと、好きじゃなかったかもしれないしね。もし好きだったとしても、今は君のことなんか忘れて天界にいるか、次の人生を始めてる。そうじゃない?」
「………………」
「ああ、そんな、泣きそうな顔しないで。僕は君を笑わせたいの。ちゃんと、今の人生を見て欲しいだけなんだ」
……ばか。私は泣いてなんかない。
今の人生も何も、私の人生は、これしかない。
今度こそフィニスを救うと誓って始めた、二度目の人生。
私は間違ってないし、私の目が死んでようが、生きてようが、関係なくない?
前世のフィニスが、私のこと、なんとも思ってなかったとしても。
どうでも、よくない?
フィニスが生きれば、それで、よくない?
そう思ったけど、言葉にはできなかった。
リヒトは、私の前にひざまずく。
「お願い、僕の声を聞いて。僕ってけっこう君に向いてるよ。この人生で行ってみたいところはある? 僕に手を引かせてよ。君をどこへでも連れて行く。必ず、光のほうへ!!」
胸に手を当てて言うリヒトは、きらきらしてて。
帝都の広場景色は、にぎやかで。
白亜の建築を照らす太陽も、ぎらぎらしてて。
なんだか、くらくらする。
私が、行きたいところ。
それは――。
「……楽園守護騎士団なら、シュテルンビルト宮殿には詳しいんですの?」
「もちろんだよ!! 詰め所も宿舎も城門内にある。宮殿が見てみたいの? 君みたいなひとなら、普通に入れるだろうに。それとも、ちょっと変わったところが見たいのかな?」
「変わったところって?」
私は聞く。
リヒトは耳に顔を寄せてきた。
「地下牢とか、幽霊スポットとか」
「行きたいです!!」
「即答!? いいね!! 女の子は怖いものが好きだし、僕は怖がってる女の子が好きだよ。かわいいし、手を貸せるしね。ちなみに、幽霊スポットは夜に行くものだけど、門限は平気?」
そうか、門限。
フィニスとフローリンデにも、夜には帰るって言ってある。
心配かけるのはよくない――けど。
せっかく楽園騎士と出会ったんだから、宮殿の情報は欲しいんだ。
城の幽霊スポットって、だいたい秘密の抜け道とかがあるところなんだよね。
見えない扉とか通路があるから、音の響きや、風の向きが変になるの。
知っといて、損はない。
前世の記憶も多少はあるけど、なにせ十五年前の記憶だし。
――シロ。シロ、平気?
私は、ずーっとポケットで寝てるシロに声をかける。
――ふわー。寝とった。ここはうるさい土地じゃのー。土地の力はよわよわだし、わし、好かん。
――眠いところごめんね。フィニスさまの黒狼に伝えてほしいの。私は宮殿にいるよって。朝まで帰らなかったら迎えに来て。
――ふむ。朝帰りなんてことになったら、フィニスが死んじゃいそうだからのー。よかろう、承った。
シロがちょろりとポケットから出ていく。
私は顔を上げた。
「大丈夫です! よろしくお願いします!」