第55話 ついに帝都にやってきました!
「セレーナ、お久しぶり! まあ、まあ、まあ、なんてお美しいの!!」
フローリンデは派手に叫ぶ。
私は青い顔で言った。
「フローリンデ、しぬ」
うー……。
旅の途中までは騎士団服で通したけど、ずっとそういうわけにもいかない。
王宮に入る前にドレスになったんだけど、きついよぉ……。
――と、いうわけで、私たちは帝都にいます。
「まだ八十年ほど早くてよ、わたくしの運命の君。死ぬなら、わたくしを愛し尽くしてからになさって」
フローリンデは微笑み、私の手の甲にキスをする。
「フローリンデは相変わらず男前だね……。座って、疲れたでしょ。お付きのひとは?」
「信頼できる古い侍女だけですわ。使用人の待合室で待たせています。あら、なんだかせっかくのセレーナとの逢瀬なのに、空間が狭いわ。なぜかしら?」
「フローリンデ、今あなたが掴んで横に除けようとしてるのは、私の推しの頭です」
私が突っこむと、フローリンデはフィニスから手を放す。
ここはカフェのボックス席だ。
古代劇場風の客席は、それぞれカーテンで目隠しされている。
不倫の密会なんかにも使われる場所で、ちょっといかがわしいけど……。
婚約破棄の相談をするのに、ホテルってわけにもいかないしね。
「ごきげんよう、婚約者殿。いきなりうちの盟約者を口説かないで欲しいのですが」
フィニスは言い、それでも立ち上がってフローリンデの手にキスをする。
フローリンデはにこにこと私の隣に座った。
「フィニスさまもお久しぶりね。相変わらずお美しいことは認めるわ。少し老けまして?」
「計画が無事に行くかどうかが心配で、夜しか眠れないせいでしょう」
「あらまあ、なんてお気の毒! それじゃあこれ以上背が伸びませんわね!?」
「……念のため、わたしは二十四歳です」
「皮肉が苦手な推し、ときめきの宝石箱……。ありがとう、今日も生きていけます。それはそうとフローリンデ、推しは歳取らないよ。日々新たな表情が見えてくるだけだよ」
私が言うと、フローリンデは真顔になる。
「勉強になりますわ。わたくしも、あなたの傍らであなたの新たな表情を胸に刻む仕事に就きたい」
ううっ、フローリンデ、つよい。
このぐいぐい来る美少女に、フィニスは勝てるんだろうか。
いや、そもそも、フィニスの勝ちって、なんだ……?
フィニスはもう、私の婚約者じゃない。
フローリンデとの婚約も破棄しようとしている。
無事に婚約破棄できたら、彼は、ただの騎士になる。
ただの……私の、盟約者に。
「とにかく、あれの話をしよう。時間がない」
フィニスが言い、私たちは我に返った。
「婚約破棄の手順は、前話した通りですわよね?」
フローリンデが確かめる。
私はうなずいた。
「そうだね。まずは夜会の前の皇帝陛下への謁見のときに、フローリンデがいつもの調子をみんなに見せつけておく。そのあと、夜会でトンチキ事件を起こす……」
「今日のためにトンチキなドレスを用意するという話だったが、間に合ったのか」
「もちろん間に合いましたわ! わたくしの渾身のトンチキぶりに期待していらして!!」
フィニスの問いに、フローリンデは高笑いした。
うーん、雄々しい。
愛のために、ひとはここまで強くなれるのか。
「とにかく、フローリンデ。今回の計画はあなたにとって相当不利だと思う。帝国中にトンチキが広まるし、次の結婚は相当格が下がっちゃう」
「セレーナが素直に結婚してくだされば、格なんか天上界に舞い上がりますわ!」
「そ、それは横に置いといて。何かあったら実家も巻きこんで全力支援するからね! 頑張ろう!!」
私は言い、ぎゅっとフローリンデの手を握る。
フローリンデは微笑んだ。
「ありがとうございます」
「セレーナ、フローリンデ。盛り上がっているところ悪いが、そろそろ時間だ」
フィニスが言う。
店内に響くベルの音を聞きつけたんだろう。
私たちは慌ただしく席を立った。
「うう、階段こわい……ドレスにハイヒールの貴婦人が来るとわかってて、なんでこの店は謎によじれた階段ばっか山ほど作るんですかね!?」
「こうして手を貸す栄誉を男に与えるためだな。つかまれ」
フィニスは言い、私の手を握る。
うううう、ドレス姿だと、手を繋ぐだけでも緊張するなあ。
なんか、こう、男女、って感じがして。
実際男女、なわけだけども。
「わたくしの手は取ってくださいませんの、フィニスさま」
「もちろん、これからご案内しますよ。少々お待ちを」
フローリンデとフィニスは相変わらずギスギスしている。
私は一足先に、店の玄関広間に着いた。
壁も天井も漆喰飾りでゴテゴテ、広間の真ん中には謎の美男子像。
「……帝都ーって感じだなあ。何もかもやりすぎ。ゴテゴテ。美男子が好き……まあ、私も美男子は好きだけど」
「おや、そうなんだ」
「へ?」
私は声を上げる。
今の、誰?
と、美男子像の後ろから、生きた青年が顔を出した。
「わあ、新鮮な反応だ。ねえ、君。美男子が好きなら、僕はどう?」
「あ、間に合ってます」
……しまった、超高速でほんとのことを言ってしまった。
さすがに失礼だな、これは。
相手は目を見開き、すぐに笑い出す。
「ふ、うふふふ、し、ん、せ、ん!! 面白い冗談言うねえ!!」
う、うーん。
これ、身長はフィニスと同じくらいあるのかなあ。
いかにも汚れそうな真っ白と水色の軍服に、じゃらじゃら金モールを下げたひと。
長い髪の毛は金の巻き毛だし、目は澄んだ青だし、美男子ではある。
でも、まあ、その。
萌えませんね。
なんかチャラいし。
よし、逃げよう。
私は、テキトーな笑顔を作ってあとずさった。
「安心してください、美男子に困ってないのは、ただの真実ですって! っ……!!」
腰、抱かれた。
金髪巻き毛に、腰を。
えっ。
えーーーーー!?
さ、さすがに、失礼では!?
びっくりしているうちに、私は美男子像に押しつけられた。
「しっ、静かに」
金髪男は、唇に人差し指をあてる。
私はドレスの上から、内ポケットの位置を確かめた。
そこには、フィニスの短剣が入っている。
やっとフィニスと交換できた、盟約者の証の短剣が。
いざとなったら、これで刺すしかないな。
あんまり騒ぎは起こしたくないけど……。
「静かにしていれば、僕の胸の鼓動が聞こえるはず。――君の美しさに、高鳴っている」
「ウッ、寒っ!!」
「え?」
しまった、短剣を出す前に本音が出た。
最近、本音を抑える訓練をしてないからなあ。
怒らせたかもな。やっぱり、早めに短剣を出しといたほうが……。
「ならば、その心臓が動いている間に分別を取り戻されることだ」
すうっと斬りこむような、冷えた声。
フィニスだ。
「おや。連れの方ですか?――ひょっとして、黒狼騎士団のフィニス・ライサンダー卿?」
金髪男はにこにこと私から離れた。
フィニスはゆっくり歩みよってくる。
「このような場所で名乗るのが、お互い得策かどうかお考えを」
「ふふ、僕は構いませんよ。楽園守護騎士団所属、リヒト・ツヴェリングです。極東の狼にこんなところでお会い出来るとは、光栄至極。婚約者殿はお元気ですか?」
リヒトと名乗った金髪男が一礼をする。
なんとなく、ふざけた感じだ。
ギリギリギリ、と、つばぜり合いみたいな音がした、気がした。
おそるおそる視線を上げると……。
フィニスとリヒト、ものすごい勢いで、にらみ合ってますね……!?