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第30話 ザクトとジークの仲直り、です!

「え……えええっ!? なんで、フィニスさまの紐がムギのところに!?」


 真っ青になって叫んだのは、ザクトの盟約者で、ムギの相方のジークだ。

 ザクトも慌てて主張する。


「ちょ、待ってくれよ! なんでそんなとこから紐が出てくるのかわけがわからねーが、ジークは真面目ないい奴だ! 誓ってもいい、盗みなんかしない!!」


「ザクト、かばってくれるの?」


 ジークがびっくり顔で見上げると、ザクトは彼の両肩を掴んだ。


「俺、お前がいなくなったら困るんだよ……! ダルい会議の予定とか、自動的に頭から消去しちゃうからさ。お前が教えてくれないと、これから全部遅刻だよ!!」


「それは自分で頑張りなよ、ザクト」


 ちょっと呆れて私が突っこむ。

 黒狼のムギは耳をぺたんとし、心の声で喋り出した。


 ――ジークは無実だよ。紐はわたしが盗ったんだ。フィニスとセレーナがいないときを狙って。


「へええ!? ムギが!? な、なななな、なんでムギがこの紐を盗るの!? 美味しかった!?」


 ――食べてはいない。ただ……。


 ムギはちらりとジークを見る。

 ジークはすぐに気づき、じいっとムギを見つめ返した。

 しばらくして、ジークは叫ぶ。


「すみません。やっぱり、きっと、僕のせいです! 信じて欲しいんですが、僕自身は何もしてません。でも、内心では、その紐を欲しがってました」


「なぜだ?」


 訊いたのはフィニスだ。

 さっきとは打って変わって、静かな威厳ある態度。

 ジークも姿勢を正し、青ざめて続ける。


「それは――ザクトが、喜ぶと、思ったからです」


「はあああああああ!? 俺かーーーー!?」


「あ、なるほど。ザクト、フィニスさまファンだから」


 私は納得し、ジークもうなずく。


「そう。ザクトはずっと、僕よりフィニスさまのほうが好きでした。それはもう、隣で見ていてしんどくなるくらい。あんなに好きなひとがいるのに僕なんかと盟約させられてるの、可哀想だなって、ずっと思ってました。だからって僕なんかが優しくしても意味ないだろうし……とか思ってると、自然と態度もキツくなっちゃって。嫌われたなって思うと、ますます自己嫌悪で」


 ――わたしは、そんなジークを見ているのが忍びなかったんだ。彼の笑顔が見たかった。でも、彼は、ザクトの笑顔でしかしあわせを感じないから……。


 ムギがしおしおと付け足す。

 なるほど、その感じ、めちゃめちゃ心当たりがあるぞ。


 私、だ。


 フィニスのしあわせだけを求めて二度目の人生を走り始めてしまった私。

 その片鱗が、ジークにもあったんだ。


 ジークは続ける。


「それでも僕は、ザクトの心からの笑顔が見たくて。フィニスさまがセレーナに紐をあげたとき、あれをザクトにあげられたら、って思ってしまったんです。あれを手にしたら、ザクトは笑ってくれるんじゃないか、って。ムギにはその心が伝わってしまったんでしょう。すごく賢い狼ですから」


 ――わたしは、ジークの思いのあまりの強さに、ふらふらっと動いてしまったのだ……。だが、ジークに盗難の疑いがかかっても困る。出すに出せず、毛並みの中に隠していたら首輪に絡んでしまって、ますます出せなくなってしまった……。


「なるほどね」


「なるほど」


 私が言い、フィニスも言う。

 フィニスは、ちら、とザクトを見た。


「ザクト、この件に関して言うことは?」


「い、言うことは山ほどあります!! っていうかジーク、いつ俺がお前のことを嫌ったよ!? 俺より地図も読めるし、魔法武器の扱いにも詳しいし、忘れ物チェックはしてくれるし、苦手なもん食ってくれるし、お前がいないと俺、困るよ!」


「だから、それは自分で頑張りなよ!」


 私は突っこむが、ジークは目をうるませて両手を組んだ。


「ザクト……僕、君にそんなこと言われたの、初めてだよ……!!」


「えっ、そうだっけ? とっくに言ったと思ってた!! フィニスさまは萌えで崇拝だけど、お前は友達だよ。ジーク、ずっと俺の横に居てくれ! 万が一どっちかが生前退団して結婚しても、隣に住もう!!」


「それはやめてあげて!! 奥さん絶対嫉妬するから!!」


 未来の奥さんが可哀想すぎるわ、そんなの。

 なるほど、だから騎士って結婚退団少ないんだな……面倒だから。

 私はひっそり納得する。

 フィニスは、一歩前に出た。


「ジーク、ザクト、ひざまずけ」


 あ、重い声。

 騎士団長の、声だ。


「「はい!!」」


 ふたりは反射的にひざまずく。

 フィニスはすらり、と長大な剣を抜いた。

 

 ――ほ、ほ、ほ。なんとも麗しい棒きれよな。


 シロが私の肩で目を細める。

 私は、フィニスの所作の美しさに――そして、フィニスの剣に、目を奪われていた。

 間近で見る騎士剣は、なんてきれいなんだろう。

 黒々としたまっすぐな刃は、重く、鋭い力の固まり。

 中央には、うるわしい筆記体で金色の魔法文字が刻まれている。


 フィニスは金の瞳を光らせ、静かに告げた。


「我が剣に刻まれし六門の向こうの神の名において、汝らに罪なしと断ずる。

 神界より遣わされし魔法生物に人界の罪を着せるのは冒涜であり、その意志は荒野に風が吹き、海に波が起こるのと同じ、神のご意志であるからだ」


「「はい……!!」」


「ザクト、ジーク。もう一度、この剣に忠誠を誓え」


 フィニスの声が、威嚇するくらいに低くなる。

 長い剣が、ざっくりとフィニスの足下に突き立つ。

 ザクトとジークはすっと無表情になり、ひとりずつフィニスの剣に口づけた。


「我が命は六門の神のために。神のご意志が憩う『楽園』のために」


「門の向こうの幸福のために、今世のすべてを捧げます」


 ――な、なんだろ。

 私なんかが見ていいやつだっけ、これ?

 今さら目を閉じても遅いんですけど、それにしても!


 焦る私の目の前で、フィニスは続けた。


「人間界の諸々に囚われすぎるな、ザクト、ジーク。お前たちには等しく、神のご意志のもとで幸福に死ぬことが許されている。完璧に平等に」


「はい」


「我が忠誠を」


 答えたふたりは、相変わらず無表情で。


 でも、やけに安らいで見えた――。


「……明日の早朝には出る。そろそろ帰り支度だ。行け」


「「はい!!」」


 フィニスのかけ声で、ふたりは我に返ったように動き出す。

 私もちょっとほっとして体の力を抜く。

 フィニスは私を見ると、優しく笑った。


「我々もやるか」


「さっきの禁欲的なえっちシーンをですか!!??」


「何がえっちかはよくわからんが、これからやるのは帰り支度だ」


「あっ、そっち! そっちなら大歓迎です、はい!!」


 助かった、と汗を拭いていると、フィニスが私の手を指さす。


「そうだ、例の紐。今のうちにつけておけ」


「紐」


 あっ、そういえば、そうでしたね。

 フィニスの髪をまとめていた紐を身につけるという、それはそれで嬉しい拷問みたいなイベントが残ってましたねー。

 ……死。


「そんなに死にそうな顔をするな。わたしもどうしてそこまで君がこいつをつけてくれないのか、色々考えたのだ。そして、思いついた。自分だと、自分の腕に紐を結べないからだな?」


「そ、そうそう~~だって片手で紐結ぶって結構至難の業で~~って!! そんなわけあります!!??」


 私は叫ぶものの、フィニスは動じずに微笑んでいる。


「恥ずかしがらなくていい。気遣いがなくてすまなかった。腕を出せ」


 こ、これは、回避できないやつ。

 推しの私物を身につけるなんて、そんなの刺激が強すぎる……!!


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