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第19話 たまには実家の名前も役に立ちます!

「大丈夫ですか、魔道士さま!! こっちにもいくつか部品が落ちてます。あれ……?」


 私は落ちた神具の部品をさっと拾い、何度か裏返す。


「なんだ? 早くこちらへよこせ!!」


 ルビンは怒鳴った。

 私は彼の前にひざまずき、神具の部品を差し出す。


「失礼いたしました。久しぶりに見た我が家の紋章に、懐かしさを覚えておりました次第です」


「は……?」


 ルビンは器用に片方の眉を上げて部品を受け取る。

 魔法使いの神具には、それを寄付した貴族の紋章がじゃらじゃらついている。

 私が差し出したのはその中のひとつ、野アザミの紋章だ。


「貴様、ひょっとして、フランカルディ家の者か? しかしあそこには、女しかいないはず」


 ルビンの顔が引きつる。

 私は、きらめく笑顔で深々と一礼した。


「お恥ずかしながら、私、フランカルディ家の五女にございます」


「ぐ、そ、そうか。それは………………」


 お父さん、お母さん、ご先祖さま。

 長く続いてきた名家、フランカルディ。

 その名を、今、推しの天敵の鼻っ面をへし折るために使います!!


 あんまり主張したくはないけど、私の出身であるフランカルディ家はガチガチガチの名家だ。

 楽園にもめちゃめちゃ寄付をしている。高位の魔法使いなら、どこかにフランカルディ家の紋章をつけているもの――そう信じて鎖を切ったけれど、案の定大当たりだった。


 この世はお金と魔法と腕力で回っている。 

 立場のある人間なら、フランカルディの名は無視できない。


 案の定、ルビンはぶるぶる震えたのち、自分も深々と頭を下げた。


「日々、お世話になっておりますと、公爵にお伝えいただきたい…………」


 やったーー!!

 お金、強い!!

 ご先祖さま、本当にありがとう!

 このご恩はフィニスを守り切ることで報います。

 彼が皇帝になれば、帝国とアストロフェ王国の未来は安泰だもの。


 プライドの固まりみたいな頭が目の前で震えているのをにこにこ眺め、私は言う。


「ええ、もちろん。フィニスさまをあまりいじめないと誓ってくださるなら」


「……この、性悪クソ女が」


「あれぇぇぇぇ? 今のお言葉、ちょーーーっとよく聞こえませんでしたわ~。もう一度、大きな声で繰り返していただけます?」


「このルビン、あなたのお言葉を、深く胸に刻もう!!」


 ドスの利いたルビンの叫びを聞き、私はほっとして立ち上がった。

 フィニスが歩みよってくる。

 彼は、私の肩に手を置いて、告げた。


「――黒狼騎士団長として、ルビン猊下に改めて申し上げる。このセレーナ・フランカルディは黒狼騎士団の騎士であり、わたしの盟約者です。騎士は魔法使いの剣であり、盾である。今後は彼女を公爵令嬢とは思わず、是非とも『騎士』として頼っていただきたい」


 きっぱりとした言葉。

 フィニスの言葉が、じわっと広間中に広がっていくのがわかる。


「そうだ、そいつはちゃんと入団試験に受かってんだ」


「新入りで弱っちいけど、一緒に飯食ってるし、訓練もしてる」


「女ですけど、それ以前に、騎士ですよね」


 騎士たちが囁き合う。ざわめきが大きくなる。

 みんなが、フィニスの怒りを、私の怒りを、感じてくれているのがわかる。


 しばらくして、ついにトラバントが長いため息を吐いた。


「――しょうがない団長と盟約者ですね。ま、そういうことです。稚児とかなんとかは暴言でしたねぇ。いくら魔道士さまとはいえ、騎士への侮辱はいけません。……騎士ってのはですね。


 この世で一番、侮辱に対して敏感な生き物なんですよ」


 トラバントの声が低くなる。

 同時に、がしゃん!! とものすごい音がした。

 集まった騎士たちが、ほとんど同時に、自分たちの拳で鎧を叩いたのだ。

 まるで、戦にでかけるときみたいに。

 

 すごい。すごいな。嬉しい。


 私、騎士なんだ。フィニスと同じ、騎士なんだ。

 今、やっと、そのことが心臓に沁みてきた。

 涙がこぼれそうになるのを、私は必死に堪えた。


 だって、もう、騎士なんだから。泣いてなんかいられない。

 泣く前に、走るんだ。フィニスのために、どこまでも、どこまでも、戦うんだ。


「貴様の騎士団はしつけがなっとらんな、フィニス?」


 一気に緊張が高まる中、それでもルビンは薄ら笑う。

 フィニスは私の肩に手を置いたまま、静かに答えた。


「黒狼は人間がしつけするものではない。信頼を築くものです。魔法生物はあなたたち、魔法使いが作ったものでしょう? わたしが教えることはないはずですが」


 シロは私の肩に乗り、じいっとルビンを見ている。

 ルビンは舌打ちしたあと、なんでかしばらくシロを見ていた。


「やれやれ、くそっ。ええい、そんな目で睨むな!! 俺とて、貴様らとけんかしに来たわけではないわ!!」


 ルビンがイライラと怒鳴ると、騎士たちからは盛大にヤジが飛んだ。


「じゃーなんで来たんだよ、この歩くお祭り野郎ーーー!! ひらひらしやがって、戦場じゃただの的じゃねーか!!」


 一番大声を出しているのはザクトだ。

 ルビンはむきになって怒鳴り返す。


「ばっっっか、この祭服の素晴らしさがわからんのか、真っ黒鎧野郎が!! 俺は、貴様らに護衛をさせてやるためにここへきたんだ!!」


 レベルぴったりの怒鳴り合い。上手く行けば仲良くなれそうなふたりだな。

 ――それはそうと、護衛って?


「一体どこへ行かれるおつもりで? 帝都なら、ここへ来る途中で通ったでしょう」


 私の疑問を、フィニスが代弁する。

 ルビンは鼻で笑い、びしっとフィニスを指さした。


「帝都など、ひとが多くて汚いだけだ。俺の趣味は充分知っているだろう、フィニス!! 俺が何より愛するものは、貴様と――温泉だッ!!」


「初耳です」


「っ、おいいいいい、俺は百万回言ったぞ! 貴様は聞いていないふりをしているだけだろう!!」


「まさか。実際には三百七十二回目ですよ」


「数えてるんかーーーい!! そこまで覚えているなら、貴様も俺に何らかの好意はあるのであろう! 素直に認めろ!! 俺の愛を!!」


「おっと、今何かおっしゃいましたか。耳の中に小鳥が入りこんでいたので、何も聞こえませんでした」


「フィニスーーーーー!!!! ごまかし方が雑だぞーーーー!!!!!」


 ……だんだんルビンが可哀想になってきたな。

 私はためらいがちにフィニスに訊いた。


「フィニスさま、とりあえず、ルビンさまが温泉好きなことを覚えてあげるのはいかがでしょう?」


「セレーナが言うならそうしよう」


「くそっ、流れが最高に気に食わんが、まあいい。覚えてくれ」


 ルビンは肩で息をして、騎士たちに向き直る。


「ということで!! 騎士ども、俺の護衛として、のんびり二泊三日、深緑の温泉宿と山の味覚を満喫ツアーに、行きたいかーーーーーー!!」


「「「「おおおおおおーーーーーー!!」」」」


「そこで素直に同意するんですか!? はーーーーーーバカしかいなーーーーい!!」


 トラバントは頭を抱えたけれど、騎士たちは「温泉!」「山の味覚!」と、すっかり盛り上がっている。

 これは、このまま温泉旅行になる流れ?

 私はちょっとわくわくしてフィニスを見上げる。


「フィニスさま、温泉ってこのへんにあるんですか?」


「………………行きたいのか?」


 フィニスは、変な間をはさんだ。

 私は気にせず答える。


「そりゃもう! 故郷では蒸し風呂ばっかりだったんですけど、温泉って泉みたいなやつが温かいんですよね? 是非――」


 あっ。

 待って。

 温泉って。


 全裸だわ。


 きらめく深緑の温泉宿と豊潤な山の味覚、そして推しの全裸。


「刺激が強ーーーーーーい!! 全裸ーーーーーッ!!!!」


 私は盛大に叫び、昏倒しかける。


「セレーナ!! おい、セレーナ、しっかりしろ!!」


「そうですよ、今死んだら墓碑銘に『遺言は全裸』って刻ませますよ~~」


 慌てて支えてくれたフィニスの声と、うんざりしたトラバントの声。

 心配してくんくん匂いを嗅いでくるシロ。


 そして――じっとシロを見つめているルビンの視線を感じ取りながら、私は見事に気絶した。


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