0089-2
本日2話目の投稿です。
スケルトンとの戦闘に入る前に、十号室の四人は、綿密な打ち合わせを行っていた。
「『強くて大きい奴』が問題かな。スケルトン系でありうるとしたら、スケルトンジェネラル、スケルトンキング、そしてスケルトンアーク。他は、例えば熊の死体がスケルトンになったりした場合は大きいですが……その辺は普通のスケルトンと対処方法は一緒なので考えなくていいでしょう」
「エト、その中で一番厄介なのはどれだ?」
「アークです。アークには一切の魔法が効きません」
(一切の魔法が効かない……最近、どこかで聞いたようなフレーズ……)
ニルスとエトの問答を聞いて、涼は記憶をたどる。
だが、デビルの事は思い出せなかった。
(まあ、いっか)
「そもそも、スケルトン系には斬撃が効きにくいので、剣での攻撃は……」
「そうか。俺もアモンも剣しか持ってないのだが……」
エトの説明にアモンが考え込む。
「エト、ハンマーで殴るってのはどうなの?」
「ええ、そういうのが一番効果的ですね」
涼が、ラノベ的知識から提案すると、それは正解だったらしくエトが大きく頷く。
「なら大丈夫。僕が足を止めるので、ニルスとアモンには、外からおっきなハンマーで殴ってもらいましょう」
「外から?」
「おっきなハンマー?」
涼が自信満々に言うと、ニルスとアモンが首をかしげた。
「では、まず祠の前のスケルトンを一掃します」
そう言うと、エトは小さな声で詠唱に入った。
「不浄なりし魂を 今御心の元に還さん その罪が許されんことを 我はここに願う <ターンアンデッド>」
最後のトリガーワードを唱えると、エトが視界に捉えた三十体のスケルトンが、次々と蒸発していく。
(不浄なりし魂を、今御心の元に還さん、って、カッコいい詠唱! 作った人は間違いなく中二病に違いない!)
涼が心の中で失礼なことを考えている間に、スケルトンの最後の一体が空へと消え去った。
E級冒険者のエトにとっては、ターンアンデッドもかなりの魔力を使う様である。
それとも三十体まとめて送ったからであろうか? 片膝をついて息を整えている。
「大丈夫ですか、エト」
そういうと、涼は美味しい水を満たした氷コップをエトに渡す。
こういう時の一杯の水というのは、何物にも代えがたいのだ。
人間の身体とは不思議なものである。
「ありがとう、大丈夫」
エトは水を一息で飲み干し答えた。
その間に、ニルス、アモンは祠の扉に近付き準備していた。
いよいよ扉を開けるのである。
守護獣様が捕らえているので、『大きくて強いスケルトン』がいきなり飛び出てくることはないだろうが、それでも二人は慎重に扉を開けていく。
扉が開け放たれ、舞っていた埃が落ち着くと、中が見えた。
二メートルを超える一体のスケルトンが立っている。
「スケルトンアーク……」
「魔法が効かない厄介なやつか!」
エトが言い、ニルスが確認をする。
ニルスとアモンは扉から離れて剣を構えた。
「<アイスクリエイト ハンマー>」
涼が唱えると、ニルスとアモンが構えた剣を覆うように、氷のハンマーが生成される。
「うおっ。けっこうでかいな。涼、これで叩けってことだよな」
「一発一発が重そうです」
ニルスとアモンが、振りかぶったりスイングしたりと、使い勝手を調べている。
「ええ、広場まで来たら足を止めますので、そいつでガンガン叩いて耐久を削ってください」
「わかった」
「はい」
ニルスとアモンは、涼が指定した広場を囲むように立つ。
「<アイスウォール3>」
扉から広場まで、アイスウォールで道を作る。これで、いきなりルートを外れて襲って来ても大丈夫。
「では、守護獣様に放してもらいますね。<アイスフラワー>」
花火が『ファイアーフラワー』と呼ばれるのに対抗しての命名である。
涼が掲げた右掌から、空中に、キラキラと輝く雪の塊が打ち上がる。
かなりの高さに打ち上がると、雪の塊は大きく弾けた。
中心から広がるダイヤモンドダストが西日を浴びて、驚くほど輝く。さらに、二段、三段と弾け、陽を浴びたまま降り注いだ。
一行は、討伐の途中であることも忘れ目を奪われた。
「綺麗じゃのぉ」
ばば様の呟きはとても小さいものであったが、涼の耳までも届いた。
「さあ、アークが来ますよ」
涼が大きな声をあげる。
それによって、一行の意識は討伐に引き戻された。
「いつでも来い!」
ニルスの声が合図となったわけではないのだろうが、守護獣様の術が解けたのだろう、スケルトンアークが動き出した。
アンデッドは、生者を憎む。
その理由は定かではないが、生者に惹かれ、生者を殺し、自分たちと同じ呪われたものへと誘おうとする。
アークも同様に、扉を出て、一行の方へ歩き始めた。
そのままゆっくりと進み、広場まで出てくると……正面に張られたアイスウォールにぶつかり、行く手を阻まれる。
「<アイスバーン>」
魔法が効かないとはいえ、アイスウォールにしろアイスバーンにしろ、アークそのものを対象にしなければいいだけである。
物理的な現象からは逃れられない……そう、たとえば氷の上は滑る、といったような。
スケルトンアークは、アイスバーンの上で盛大に滑った。
何度も立ち上がろうとするが上手くいかない。
「<アイスウォール解除> ニルス、アモン」
「おう! アモン、いくぜ」
「はい!」
ニルスとアモンが、転んだアークとの間を詰める。
そして……思い切り振りかぶって、涼特製アイスハンマーをアークに叩きつけた。
ガキン
「かてぇな」
「はい。でも少しですがダメージは与えているみたいです」
ニルスとアモンが確認し合う。
「よし。このまま続けるぞ」
「はい!」
叩く、叩く、叩く。
起き上がれないアークに対して、二人が叩き続ける。
アイスバーンは、半径二メートルほど、ハンマーの長さは三メートル弱……飛び道具、ならびに攻撃魔法の無いアーク相手に、ノーダメージで叩き続けることが出来る。
ただし、E級のニルスとF級のアモンであるため、一撃が与えるダメージは決して多くはない。
倒しきるには、かなりな時間がかかるのは、仕方のない事であった。
極少とはいえダメージを受け続けながら、アークは四つん這いになった。
立ち上がることを諦め、四つん這いで移動しようというのである。
「まあ、そうするよね。でも、同じなんだよ。君が立っているのは、特製氷だからね。めっちゃ滑るよ」
涼の言葉通り、四つん這いになっても、アークは進むことができなかった。
アイスバーンの上で滑り続けた。
そもそも、氷の上はなぜ滑るのか?
氷の表面に水が張るから……ではない。
氷表面の融けた水は関係なく、滑るのだ。
熱力学的なお話ではないのだ。
もちろん、水があると、余計に滑りやすくはなるのだが。
水分子H₂O、この水分子同士がくっつくのは、水素結合という分子間相互作用による。
こちらの水素Hがお隣りの酸素Oと水素結合、もういっこの水素Hが別のお隣りの酸素Oと水素結合、こちらの酸素Oが別のお隣りの水素H、さらに別のお隣りの水素Hと水素結合。この、『四つの水素結合をした状態……水分子五つ』でワンセット、が、最もよくある氷の状態である。
最もよくある、ということはそれが一番安定した状態、安定した形であるということでもある。
『氷』は、温度が低くなれば低くなるほど硬くなる。
逆に言うと、同じ『氷』であっても、温度が高くなると弱い水素結合のものが増えてくる。
氷の表面……つまり水や空気と接しているところには、水素結合三つや二つの水分子が多く存在する。
そして、この『水素結合二個の水分子』、つまり水分子三個からなる水分子が、『滑る原因』なのである。
この、水素結合二個の水分子が氷表面を動き回り、ベアリングのボールのような役割を果たしている。
フローリングの床に、パチンコ玉やビー玉を大量にこぼしたとしよう……その上を靴やスリッパで歩くのは恐らく無理であろう?
パチンコ玉やビー玉が、この『水素結合二個の水分子』であると考えれば、近いイメージなのかもしれない。
そして、涼がアイスバーンで生成した氷の床は、この特性を利用している。
ロンドの森で、散々、分子レベルでの結合をやってきたからこそできるのだ。
水分子三個をくっつけた、『水素結合二個の水分子』を多目に……それでいて、爪先やかかとを氷に打ち込んで移動する、などということができないような硬さの氷……この両立は、魔法と科学の知識がある涼にしかできないのかもしれない。
とにかく、そんなアイスバーンの上では、四つん這いになっても、アークは前に進むことが出来ず、ニルスとアモンに叩かれ続けた。
ついにアークが四つん這いから腹這いに移行する。
「二足歩行から四足歩行、最後は腹這い……正しく、接触面積を増やして摩擦係数を上げようとしていますが、同じです。あなたは進むことも、もちろんジャンプすることもできません」
開始から十五分以上、ニルスとアモンは休むことなくアークを叩き続けている。
最近は、特に持久力には力を入れて訓練を積んでいるとはいえ、傍から見ても疲労を感じているのは分かった。
(どうしてもとなったら、僕が代わろうかと思っていたのですが……)
涼は叩き役を自分が交代することも考えていたのだが、それは杞憂に終わりそうだ。
「そろそろ終わりだろ!」
そう言いながらニルスが叩いた瞬間……、
バキンッ
音を立てて、叩かれたアークの首の骨が割れ、眼窩に光っていた赤い光が消えていった。
ようやく、スケルトンアークを倒したのである。
「やっと、か……」
「疲れた……」
ニルスとアモンが尻もちをついた。
ニルスは、腰の水筒から水を浴びるように飲み、アモンは尻もちをついた後、そのまま後ろに倒れて大の字に寝転んだ。