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『ファイ』に来て十四日目。

昨夜は、レッサーボアのモモ肉を堪能した。

それ以外の部分は氷漬けにして貯蔵庫に放り込んである。



一晩経って、昨日の戦闘を冷静に振り返ってみると、冷や汗ものであった。



レッサーボアは『レッサー』の名前がついている通り、ボア系つまりイノシシの魔物の中では最弱な種類である。

もちろん、スライムやレッサーラビットに比べれば厄介であり、その突進の凶悪さによって、普通の農民や狩猟民程度では、ソロで倒すことは不可能であろう。


だがそれでも、『魔物大全 初級編』によれば最弱ランクである。

「でも、最初の敵がレッサーボアで良かった。もっと強敵に出会っていた可能性もあるんだから、運はいい」

涼は前向きである。


飛ばせないアイシクルランスであっても、槍衾、『やりぶすま』の様に使うことはできる。

使うことは出来るが、どうしてもそれは自分の身を囮にして、敵を引き寄せたうえで放つことになる。

それだと、もしも失敗した時に計り知れないダメージを受ける。


涼の想定を超えるスピードであったら?

氷の上を滑らない相手であったら?

そもそも空から襲われたら使えなさそうである…。


やはり、せっかく魔法が使えるのだから遠距離から安全に狩る方法を確立しておきたい。

いつもギリギリでは精神的にもたなさそうであるし。




ウォーターボールは飛ぶのに、アイシクルランスは飛ばない。

色々試してみると、水は飛ぶのに氷は飛ばない、ということに行きついた。


どちらも水属性魔法で生成したものである。



ウォーターボールは、(多分)空気中から水分子を集め、飛ばす。

アイシクルランスは、(多分)空気中から水分子を集め、凍らせて、飛ばす。



「ん? アイシクルランスの方が、一工程多い? まさか今の僕には二工程分しか使えないとかそういうことじゃ…」

先に水を準備しておいて、『凍らせて、飛ばす』の部分だけを試してみることにした。


手桶に何かあってはまずいので、氷の器を作り、そこに水を貯める。

右手を氷の器にかざし、頭の中でイメージする。

水が凍り、器ごと飛んで行くイメージである。

「<アイシクルランス>」


ボシュッ


槍ではないが、凍った水がくっついた器ごと十メートルほど飛んで行った。

「よし、成功!」

これまで何十日も上手くいかなかったが、スコンと解決した。


「そういうもんだよね。必要な情報さえそろえば、答えは閃く」


今回の涼の場合は、必要な情報が揃ったというよりは、火打石の獲得、結界外での戦闘などを終えて精神的なストレスが軽減されたから、というのが理由かもしれない…が、問題解決したのは事実なのだから、それはそれでいいのだろう。

「理由は分かった。とりあえず、現状ではまだ三工程を一気にやることはできなさそう、と。もっと水魔法に習熟していけばできるようになるのかな。出来るようになるといいなぁ」




まだしばらくは、氷を飛ばすことはできなさそう…となると、遠距離攻撃手段として使えるのは、水ということになる。



「ウォータージェット、そういえば、最近は試していなかった」

『ファイ』に来て三日目に一生懸命練習して、それでも洗車ホース程度までしか集束できず、攻撃には使えないと結論付けたウォータージェット。

それ以来、一度も使っていない。


「氷の生成でそれなりに水属性魔法の扱いは分かってきたし、あの頃よりは、きっと…」

右手を前に出し、頭の中にウォータージェットをイメージする。

「<ウォータージェット>」


シュッ


以前に比べれば格段に細く、勢いのある水流が発射される。

「進歩してる!」

次は、結界ギリギリにある木に向けて発射してみる。


シュッ…ボッ


まだ木は切れない…それでも当たった個所は少しえぐれている。

「これは練習次第で、いけるんじゃ…」

涼は再びのウォータージェットの練習に取り掛かった。




それから四日間、涼はウォータージェットの練習に明け暮れた。

もちろん、朝食はしっかり食べ、お風呂にもきちんと入った。

朝食は肉を焼いて食べる。そう朝から焼肉。朝食は大事だからいいのだ!

お昼はたいてい干し肉。

そして夕方にお風呂に入る。

晩御飯は…準備をする前にちょっとウォータージェットの練習を…と思ってやっていると、いつも魔力切れとなり、そのままベッドに入る…晩御飯抜き。

そのためだろうか、翌日の朝食をしっかり食べたくなるのである。



四日間、ウォータージェットの練習を続けた結果…威力は確かに上がった。

上がったが、地球でのウォータージェットのイメージと比べると、全然そのレベルに達していない…。


木の幹をえぐる深さは深くなったし、集束もさらに細くなった。

しかしまだ、『切る』というイメージには程遠い。


だが、狙った個所にピンポイントで当てる技術は身についた。

それこそ、止まっている目標なら、十メートル先を一ミリの誤差もなく。

「何が自分を助けるかわからないしね。そうだ、一本だけじゃなくて、複数本同時に打ち出せるようにもならないと」

涼はそう言いながら、さらに練習を続ける。


ポジティブは自分を救う。




目標としては、安全に狩りができるようになること。

日々の食料を命がけで手に入れる…そんな生活はスローライフではない!


安全に狩りができるようになり、結界の外に出ていくのも生活の一部…それくらいになったら、食生活の幅を広げたいと涼は思っていた。

現状、魔物肉を塩で味付けして炙ったものか、干し肉しか食べていない。

何か別の味付けや…そう、いずれは果物も欲しい。



『植物大全 初級編』によると、コショウがそのまま『コショウ』という名前で、この『ファイ』にはあるらしい。

二週間ほどここで生活してみて、地球でいう所の北回帰線から赤道の間くらいなのではないかと涼は思っていた。

水を流した時の渦の発生方向から北半球。

太陽の高さと気温、湿度から赤道にそれなりに近い場所。


であるならば、香辛料はあるはず!


何百種類とある香辛料であるが、涼にわかるのはコショウと唐辛子、山椒やショウガなどほんのわずかしかない。

元々、それほど料理に詳しかったわけでもないのだから、それは仕方のない事だろう。

その中でも、コショウは、実際になっているのを見たことがあった。

ブドウの様に房になっていたのだ。

(あれなら、この森の中でも見分けられる!)


まあそれを手に入れるのは、もっと余裕をもって結界の外を出歩けるようになってからであろうが。


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