0039
グリフォンと遭遇した日の午後、二人はまたも厄介な目に遭っていた。
二人とも、大岩に身を隠しながら、ちょっとだけ頭を出して、前方に目を向ける。
二人が見る先では、二頭のワイバーンが、ボアだったらしきものを啄んでいた。
「アベルが望んだから、ワイバーンが向こうからやってきましたよ」
「俺は望んでねぇ!」
囁き声で言い合う二人。
「迂回するにも道が無いし、ここであいつらの食事が終わるまでやり過ごすか?」
「その前に気付かれそうですよね。あるいは三頭目が来ないという保証は無いですし」
「リョウ……まさか戦おうってのか?」
こいつ何言ってるんだ、という顔で涼を見るアベル。
そんな顔をするのも当然である。
普通、ワイバーン討伐を行う場合、C級以上の冒険者が20人は必要なのである。
しかも攻撃力のある火属性の魔法使いが何人も。多ければ多いほどいい。
それを……剣士と水属性魔法使いのたった二人で……しかも二頭も?
ただの自殺志願者である。
「多分、この先も、ワイバーンは結構いると思うんですよ。戦闘は避けられないと思います。それなら、二頭しかいないここで、経験しておくのは悪い事ではないと思いますよ?」
「二頭しかいない、じゃなくて、二頭もいる、だと思う……」
そうは言ったが、アベルにも涼が言っていることは理解できる。
ベヒモスを襲ったワイバーンは六頭もいたのだ。
それに比べれば二頭くらい……。
そこまで思って激しく頭を横に振った。
「一頭でも大変な相手だ」
変な思考になりそうだったのを、あえて声に出すことで矯正する。
「だが……」
そう、「だが」である。
この山脈を越えて街に帰ると決めた以上、いずれはワイバーンとも戦うことになる。
ベヒモス戦でも見たし、目の前にもいる。
この山脈に、ワイバーンがかなり生息しているのはどうも間違いなさそうなのだ。
「仕方ないか」
アベルは腹をくくった。
「あの二頭をやるにしても、どうやる?」
「ワイバーンって、地上に張り付けた場合、やっぱり厄介ですか?」
「いや、地上にいれば、エアスラッシュは放ってくるが、ソニックブレードはない。もちろんあの鉤爪も厄介だし、身体には風魔法の防御もあるから剣も通らない。だが、目には風魔法の防御は無いから、地上にいればそこを狙える。剣が届かない空中にいるのに比べれば、かなり楽な相手だと言えるだろう」
それを聞いて、ちょっとだけ涼は考えた。そして一度大きく頷いた。
「水属性魔法に、ちょうどいいのがあります」
アベルは剣を抜いていつでも飛び出せる状態をとった。
「では行きますよ、アベル」
アベルは頷いて、二頭のワイバーンを見た。
ワイバーン達はまだ何も気づかずに、食べている。
「<全てを貫きし氷の槍よ 天空より来たりて敵を射抜け アイシクルランス4>」
上空に無音のうちに発生させた4本のアイシクルランス。
もちろん、必要も無いのに、カッコいいからという理由で適当詠唱付きである。
生成されると同時に、落下し、ワイバーンの羽を一枚ずつ貫き、そのまま地面に縫い付けた。
「ギィシィィィィイィィッィ」
ワイバーンの悲鳴が響き渡る。
アベルは、涼が「アイシクルランス4」と詠唱するのと同時に、岩陰から飛び出した。
目の前のワイバーンたちの羽に、極太の氷の槍が空から降ってきて突き刺さっている。
しかも突き刺さったまま消えない。
そのため、ワイバーン達は羽ごと地面に縫い付けられ、エアスラッシュを放つことも出来ず、鉤爪で近付いてくるアベルを払うことも出来ない。
しかも、氷の槍で地面に張り付けられ、狙い処の『目』もジャンプすれば手の届く高さにある。
「一撃で決める。闘技 完全貫通」
手前のワイバーンの左目に、赤く輝く魔剣を突き立てる。
剣は眼球を貫き、ワイバーンの脳にまで届いた。
ワイバーンは断末魔の悲鳴を上げることもなく、崩れ落ちた。
アベルは、だが崩れ落ちるワイバーンには一顧だにせず、もう一羽のワイバーンの右目にも、赤い魔剣を突き立てる。
「グギィィ」
こちらは、最後に絞り出すような声を出し、息絶えた。
終わってみれば完勝であった。
「アイシクルランスからのアベル突貫。うん、この連携は使えそうですね」
「確かに、びっくりするほどあっけなかったけどな」
「アベルは不満、と。やはり、血沸き肉躍るような、魂を削り合うような、そんなギリギリの戦いを所望、と。覚えておきます」
涼は、手元にメモをするふりをする。
「いや、待て、そんな戦闘はいらん。今日ので完璧だった。素晴らしい。次もこれで行こう」
慌てて、涼の両肩を掴み、大きく頷いて褒めるアベル。
「まあ、アベルがいいのなら、これで行きましょう」
「ふぅ。あ、そうだ、今までの魔物は大したのじゃなかったからスルーしたが、ワイバーンはさすがに魔石を採った方がいいと思うぞ。驚くほどの高値で引き取ってもらえる」
そう言って、アベルはさっそく片方のワイバーンの心臓付近にナイフを入れる。
「なるほど。じゃあ、もう一体の方は僕が取り出しましょう」
そう言って、涼はもう一体のワイバーンの方に向かった。
久しぶりにミカエル謹製ナイフが火を噴くぜ!とか涼が思ったのは、内緒である。
(そういえば、ミカエル(仮名)が準備してくれた『魔物大全 初級編』には、ワイバーンは載ってなかった……。ベヒちゃんやグリフォンが載ってないのは当然として、ワイバーンも『初級編』のカテゴリーには入らないんだろうなぁ)
涼はそんなことを考えながら、ワイバーンの魔石を採りだしていた。
「けっこう大きいですね」
ゴーレムの魔石ほどではないが、握りこぶし大の、綺麗な緑色の魔石だ。
(もしこれがエメラルドだったら、数千万円はしそうだなぁ)
もちろん、涼の適当見積価格である。
「ああ、これはかなりのものだな。大きさといい、色の濃さといい、驚くほどの値が付くな」
「街まで辿り着ければですけどね」
「うっ」
涼の一言が、ぐさりと心に刺さったアベル。
「いちおう、一個ずつそれぞれ持っておきましょう。僕にも鞄がありますしね」
こうして二人は、ワイバーンを『安全に』『手早く』狩る手段を手に入れたのであった。
七千メートル級の山々、とはいえ、必ず七千メートルの地点まで登らなければ山脈を越えられない、というわけではない。
雪解け水が流れる場所は削られて低くなるし、そういう場所は麓まで連なっていることもある。
だが、それでも、最低でも四千メートルを超える高度までは登る必要があるだろうと、涼は思っていた。
四千メートルなら……ギリギリ高山病にはならない高度……な気がする……多分。
そんな涼たちに、次々と襲い来る者たちがいた。
そう、ワイバーンである。
この山脈は、ワイバーンの巣と言ってもいいほどに、大量に生息していたのだ。
麓で二頭を狩ったことによって、アベルは対ワイバーンにおいては、タガが外れていた。
目の前にいるワイバーン全てを、戦闘で倒す、そう言い切ったのである。
「やはりアベルはバトルジャンキー……」
「うるさい! どうせ邪魔するんだから、今倒そうが後で倒そうが一緒だ。それに、襲ってくる奴らを全滅させたって、この広い山脈一帯にいるんだろうから、多少減る程度だろう。ガンガン狩りながら進むぞ!」
襲い来るワイバーンを、涼がアイシクルランスで羽ごと地面に縫い付け、アベルが剣で、目から脳を貫く。
この連携で、相当なワイバーンを葬って行った。
倒すよりも、魔石の回収の方が時間がかかったのは言うまでもない。
それぞれの鞄は、干し肉の消費スピードとほぼ同じスピードで、ワイバーンの魔石が空きスペースを埋めていったのである。