0017
グレーターボアと言えども、耳や目からなら、脳まで攻撃が届きやすいらしい。
とは言っても、とどめの必要が無かったというのは、涼にとって相当に意外であった。
「もしかして、ウォータージェットの威力が上がってきている?」
結界内に戻った涼は、さっそく試してみることにした。
使うのは、先ほど狩ってきたグレーターボアの死体。
グレーターボアは、首より上と、首より下で皮膚その他の硬さが全く違う。
突進を主要攻撃の一つとしているだけに、鼻を含め頭部は非常に硬い。
だがそれに比べて、首から下はそれほど固くない。
足も硬くない。
グレーターボアの右足に狙いをつける。
「<ウォータージェット>」
一閃。
グレーターボアの右足を斬り落とした。
「おぉ~!」
この『ファイ』に転生して数か月。
転生してきた当初から『水属性攻撃魔法の本命』と勝手に思っていたウォータージェットが、ついにその真価を発揮したのである。
「ちょっと木に対しても…」
ジュゥォン
一瞬、とまではいかないが、切断に成功。
最近まで、木に向けて放っても、削れる、あるいは抉れる程度で切断などまだまだ無理、というイメージだったと思うのだが…壁を超えた、とかそういうことなのだろうか。
そもそも、ウォータージェットというものは、普通の水を、超高圧・超高速で噴き出した水流である。
そのため、噴き出された水は、もちろん物理的に普通の水である。
そんなウォータージェットは、地球においては、様々な素材の加工を行う方法として、かなりメジャーになっていた。
まず、水なので熱が発生しない。
つまり熱変性も起きない。いわゆる、プラスチックなどが、ドロッと融けてしまうような、ああいう現象が起きないのだ。
そのため、有毒ガスなどの発生も起きない。
柔らかい素材や薄い素材も、割れることなく加工できる。
複合材や積層材の加工もできる。
涼の会社にも、5軸制御のウォータージェットマシンが入っていた。
そのために、涼も多少は知っていたのである…もちろん使ったことは無い…。
そう、社員たちから使用の許可を出してもらえなかったのである。
そのあたり、副社長と言えども現場の判断には従わざるを得ないのだ。
そんな涼だが、地球のウォータージェットは使えなかったが、魔法で生み出したウォータージェットは好きなように使える。
しかもついに、目に見える効果を出し始めたのだ。
自力で飛ばせるようになったアイシクルランス、あの時以上に涼は興奮していた。
だが、同時に冷静でもあった。
涼は知っているのである。ウォータージェットには、さらに次の次元があるということを。
確認しておこう。
グレーターボアの足は切断できた。
木の幹も切断できた。
では、岩はどうか。
一般にウォータージェットは、ほとんど全ての物を切断できると認識されている。
それは正しい。
その中には、『岩』『石』といったものも入っている。
石の中でも堅い方である『
涼は、庭に鎮座する岩に向けて発射する。
「<ウォータージェット>」
いちおう、少しずつ削れていっては、いる。
一時間もやり続ければ、切れるのかもしれない。
だが、それはウォータージェットによる『切断』のイメージとは程遠い。
そう、『このウォータージェット』では石は切れない。
『このウォータージェット』は、柔らかいものの切断には向くが、硬いもの、硬質材の切断には向かない。
石や金属、コンクリートやガラスの切断には向かないのだ。
だが涼は落ち込んだりはしない。これは想定内の出来事だから。
『このウォータージェット』は軟質材の切断向け。動物、魔物や木、食品など用である。
そして『これではないウォータージェット』が存在し、そちらが硬質材の切断向けなのである。
『これではないウォータージェット』とは何か?
『水だけではないウォータージェット』である。
一般的にそれは、『アブレシブジェット』と呼ばれることが多い。
地球において、硬質材を切断する場合には、水だけで切断したりはしない。
水の噴き出し口から極小の『研磨材』を混ぜて、水と一緒に対象物に噴きつける。
マッハ3にも迫る水とその研磨材が、対象を『削る』ことによって、切断するのである。
そして研磨材に使用される物も決まっていた。
それは『ガーネット』の粉末である。
ガーネット…そう、あの宝石のガーネット。
宝石とは言え、使用量は極微量のため、コストもそれほどかからない。
そもそも、粉末状のガーネットはよく採掘され、非常に安価なのである。
さらに一度使用した研磨材ガーネットも、数回までは再使用が可能。
なぜガーネットが研磨材として使われるのかというと、その理由の多くは『硬さ』にある。
それはもちろん、サファイアやルビー、はたまたダイヤモンドの方が硬いのではあるが…そんなものを使っていたのでは採算が取れない。
それから、結晶体の形が理由であろう。
ガーネットは菱形十二面体、または偏方多面体である。
要は、球体に極めて近いのだ。
狙った個所を狙った大きさで削る以上、球体に近い粒を当てたほうが、狙い通りに削りやすいのは道理である。
さて、地球上なら研磨材としてガーネットを使用するというのが確立しているのだが、ここ『ファイ』においては、そんなことはない。
まずガーネットなど手に入らない…少なくとも涼は手に入れる方法が思いつかない。
となると、ガーネット以外の研磨材が必要になる。
そこで涼には考えがあった。
氷。
そう、微小の氷を研磨材として使うのだ。
氷は研磨材として使うには、決して硬くない。
そう、普通の氷であれば。
だが水属性魔法によって作られた氷は、魔力を込めれば込めるほど硬くなるという特性があることに涼は気づいていた。
もっとも、戦闘中はそんなことをしている余裕がないために、バリンバリン割られるのだが…。
問題は、相当な小ささの氷の結晶が必要という点である。
会社にあったウォータージェット、というよりアブレシブジェット用の研磨材を涼は見せてもらったことがある。
その研磨材のガーネットは、ほとんど粉、とも言えるほどの小ささであった。
その大きさの氷を大量に生成して、水に混ぜなければならないのだ。
まずは微小氷結晶の生成である。
水のH₂O分子を二個、水素結合してみる。
出来上がったものは…小さすぎる。というか全然見えない。
とりあえず、三十個程度繋げてみる。
なんとなく見える気がしないでもないけど…いや気のせいだ。全然大きさが足りない。
そんな試行錯誤は、寝るまで繰り返された。
晩御飯の火を起こしている時も。
晩御飯を食べている時も。
お風呂に入っている時でさえも。
いくつの水分子を繋げれば、ちょうどいい大きさになるのか…。
その問いへの、最適解の発見は続けられたのである。
だが、最適解が見つかる前に、涼の魔力が尽きようとしていた。
「おやすみなさい」