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アイシクルランスを飛ばすことに成功した翌日、涼はいつものように東の森に狩りに出かけた。
アイシクルランスを飛ばせるようになったのである。
正直なところ、グレーターボアが相手であっても完勝できる。
そう思っていた。
自信に満ち溢れていた。
かつてないほどに気が大きくなっていた。
だが、涼を襲ったのはグレーターボアではなかった。
前後から飛んでくる不可視の風属性攻撃魔法エアスラッシュ。
「一つでも厄介なのに! <アイスウォール全方位>」
涼の前後左右を、幅一メートル、高さ二メートルの氷の壁が覆い、エアスラッシュの直撃を防ぐ。
涼の右手には、半ばから折れたナイフ付き竹槍の前方部分が握られている。
半ばから後方、いわゆる石突までの部分は、すでにどこかに飛ばされていた。
アイスウォールは透明である。そのため、壁の向こう側を見ることが出来る。
前方のアイスウォールの先には、一羽のアサシンホークが飛んでいる。
右目の塞がったアサシンホーク。
そう、かつて涼が死を覚悟した、あのアサシンホークである。
しかも涼の後方には、もう一羽アサシンホークが飛んでいるのだ。
二羽とも、涼との距離を保ったまま、エアスラッシュのみで攻撃してくる。
しかも嫌らしいことに、片方は必ず涼の死角に回り込んで攻撃してくるのだ。
そしてほとんどの場合、涼の正面が片目のアサシンホーク、死角が、今日参戦した新人アサシンホークという役割分担である。
三発目のエアスラッシュを受けて、前方のアイスウォールが割れる。
その瞬間、涼の左手から片目に向けて、無数の水の線が走る。
(<ウォータージェット32>)
だがそれを、どんな空力特性なのか、瞬間横移動といった感じで、効果範囲外に移動してかわす。
そして…涼の後ろを守っていたアイスウォールも、後ろからの三発目のエアスラッシュを受けて割れた。
正直、まだ涼の息は上がったままだ。
前後からのエアスラッシュをよけ、反撃するために走り回っていたからである。
だが、相手の攻撃をよけるのはともかく、涼による攻撃は例によって例のごとく、全て回避されていた。
避け損ねたエアスラッシュを防ぐために竹槍が犠牲になり、アイスウォールで亀の甲羅のごとく引きこもって息を整えていたのだが、アイスウォールはエアスラッシュ三発で割れてしまう。
アイスウォールが割れるたびに一度だけ反撃して、アイスウォールの再生成を行っていた。
「逃げたいけど…前後挟まれていると、逃げ道が無い…」
新人の方は、正確に涼の真後ろ、つまり死角に回り込んで攻撃しつつ、退路も断っているのだ。
涼の魔力がどれほどもつのか、正直わからない。
今のペースで、アイスウォールとウォータージェットを繰り返す程度なら、24時間くらい粘れる気もするが…だが、疲労は貯まってきている。
『疲労はミスを生む』
避けようのない疲労との戦い。
そしてミスをすれば死ぬ。
それが余計に疲労を蓄積させる。
「さてどうするか」
アイスウォールを再び生成し、状況の整理を行う。
涼が今まで見せた手札は、アイスウォールと手元からのウォータージェットのみである。
そして、ウォータージェットは32本同時斉射でもよけられるというのは分かっている。
今回の勝利条件は、敵を倒すことではなく、結界内に逃げ込むこと。
そのためには、致命打とまでいかなくとも、前回のようなダメージを与えて撤退させるのがいいのかもしれない。
「誘うか」
涼が呟いた瞬間、前後のアイスウォールが同時に割れた。
間髪いれずに、涼は<ウォータージェット16>を片目に向けて斉射。
そして駆けだした。
当然、片目のアサシンホークはウォータージェットをかわす。
そして涼は、走りながら左手を前に突き出して、魔法を放とうとする。
だがその瞬間、こけた。
こけた涼に向けて、新人アサシンホークが突撃してくる。
さすがにアイスウォールとエアスラッシュの放ち合いばかりで焦れていたのだろう。
「もらった!」と言わんばかりの様子で突っ込む。
だがこれは、涼の狙い通りであった。
こけた後、そのまま左に転がって、後方からの新人の突撃をかわす。
そして、突撃したために涼のすぐそばに来ている新人に向けて、半分の長さになったナイフ付き竹槍を突き出す。
いや、突き出そうとして、槍を止め、もう一度さらに左へ転がる。
間一髪。
片目のアサシンホークが、涼が居た場所に突撃してきたのだ。
涼の罠を読んでいたかのように。
しかも突撃後も止まらず、そのまま後方へ飛び抜ける。
前回の経験から学んだのかもしれない。
その間に、今日参戦した新人アサシンホークも空中に戻っていた。
「ギィエィィィエェィギィギュェ」
片目の方が新人に説教でもしているかのようである。
油断するな、とでも言っているのかもしれない。
そして再び、片目が涼の正面、新人が涼の死角、後方の位置をとる。
距離はどちらも、涼から二十メートルほど。
涼は、片目のアサシンホークから視線を切らずに、ゆっくりと立ち上がる。
「<アイスウォール全方位天井付き>」
それを見て、新人アサシンホークがニヤリとした気がした。
さっきは危なかったが、またそれか、と言った感じに。
(新人君、お前は既に死んでいる、って声に出して言ってやりたかったんだけど、片目の奴、勘がいいからな、やめておくよ。……僕を中心に、必ずその場所に移動するよね、君)
涼がそう思った瞬間。
新人の頭上にアイシクルランスの雨が降ってきた。
その数、実に二五六本。
新人アサシンホークを中心に、半径三十メートルの範囲に降り注ぐ、光る氷の雨。
「ギィィアァァァァァァア」
新人は、移動してかわそうとしたが、さすがに範囲が広すぎた。
何本かが翼を傷つけ、地面に叩き落とされていた。
全て、上空に発生させて、自由落下で落ちてきたアイシクルランスである。
アイシクルランスを飛ばせるようになったとは言っても、意識して飛ばせるのは未だ一本だけ。
その一本はすでにアイスウォールの外に生成済み。
「発射」
狙い違わず、叩き落されていた新人アサシンホークの首を貫く。
「グァアアアアアァァァァァ」
叫んだのは片目のアサシンホークである。
涼を見る目には、あの時と同じ、いやあの時以上の憎悪が宿っていた。
見合っていた時間は、ほんの数瞬。
片目のアサシンホークは、身を翻し去って行った。
「ふぅ…何とか生き残った。でも、この空中からのアイシクルランス、降り注ぐ光の槍、って感じでかっこいいかも。うん、決め技の一つにしよう」
死を覚悟するほど苦戦したが、終わりよければ全て良し。
因縁のアサシンホークとの戦いには何とか生き残った涼だったが、課題が浮き彫りになった。それは、物理面と言うか肉体面の強化である。
戦闘序盤、走り回ったために息が上がり、呼吸が整うまで相当の時間を必要とした。
今回は、片目が遠距離からの攻撃にこだわっていたために、アイスウォールで時間を稼ぐことに成功したが、いつもそうなるとは限らない。
「スタミナは大切」
涼は、はっきりと声に出して言った。
次の日から、涼の一日の流れが少し変わった。
まず朝起きたら、柔軟体操。三十分間みっちり行う。
柔らかい筋肉は怪我を防ぐ。
涼は、決して身体が柔らかい方ではないが、柔軟は、毎日行えば誰にでも効果が出るということは知っていた。
その後、朝食。
朝食は大切。一日の基本。しっかり食べる。
食べ終えたら、胃が落ち着くまで読書、または魔法の練習。
だいたい三十分ほどたったら、結界の外縁を走る。歩く。ひたすら…歩く。
氷や水を手に発生させたりしながら、魔法を使いながら、走る…疲れたら、歩く。
午後は、二日に一度、結界の外、東の森か北の森へ狩りに出る。
あれから、片目のアサシンホークとは一度も遭遇していない。
だが、いずれは決着をつけることになるだろうということは、涼にはわかっていた。
理屈ではない。
そういうものなのだ。
狩りをして、食料を調達して戻ってきたら、魔法の練習である。
狩りに出ない日も、魔法の練習である。
そしてお風呂に入る前に、素振り千本。
野球のバットではない。
切り出した竹を竹刀に見立てて、氷で重さを調整して、素振りをする。
涼は、小学一年生から中学三年の冬まで、剣道の道場に通っていた。
なんとなく遊び感覚で、である。
別段、大会などに出たことも無い。
中学の時の友達は、学校の部活動に参加していたが、涼は帰宅部、そして月水金で地区の武道館でやっている剣道に通う。そういう生活だった。
武道館での指導は中学生まで。
高校生になる時、これ以降は県警本部での練習に参加することを勧められたが断った。
剣道は嫌いではなかったが、そこまで真剣に打ち込む気も無かったからである。
運動神経が悪いわけではない。野球もサッカーもバスケも、見るのもやるのも好きである。
だが、のめり込むことができなかった。
涼が本気でのめり込んだものは、これまで生きてきた中に無かったのだ。
努力することは嫌いではない。その価値もわかっている。
だから、やってみたいと思ったものはやってみる。
努力して取り組む。
そして出来るようになる。
その後は、興味を無くす、というまではいかなくとも、限界まで突き詰めてみたことはない。
涼は決して天才ではない。
それでも、たいていのことは、ある程度本気で取り組めば満足いく程度には出来るようになった。
だが、この世界に来て、それも少し変化してきた。
涼を変化させたもの、それが『魔法』。
師がいなかったのが、かえってよかったのかもしれない。
何らかの魔法書みたいなものが無かったのも、よかったのかもしれない。
魔法を使うことに、涼は生まれて初めて、のめり込んだ。
簡単には上手くいかない。
分からないことも山の様にある。
だが、それがいい。
そして、その魔法を活かすためには、他にも必要なものがいっぱいあったのだ。
スタミナが無いせいで死にかけた。
竹槍は半ばから折られ、技術の無さを痛感した。
スタミナは走れば身に着く。誰しもが走るだけで身に着けることができるものだ。
方法論は、既に地球において確立されている。
だが、気を付けなければいけないことがある。
それは、疲労骨折。
膝から下の骨が、折れてしまう可能性がある…カルシウムの摂取は必要なのだが…最も吸収率のいい牛乳は手元には無い。
となると、小魚を骨ごと…いずれはこれが主流になるに違いない。
食べ物以外で、疲労骨折を防ぐ方法はないのか?
もちろん、ある。
それは、柔軟体操…ストレッチである。
柔軟の何という万能性!
だから、今はまだ、走り…疲れたら歩く。でも止まらない。歩き続ける。
心肺機能強化のために、動き続けるのだ。
ストレッチ、走る、そして歩く。
これを続けるだけで、スタミナは、誰でもつけることができるものなのだ。
スタミナ以外の問題…それは、竹槍の技術。
だが、それは諦めよう。
そもそもナイフ付き竹槍も、遠い間合いから止めを刺すために持つことにしたものだ。
槍の扱いなど、動画ですら見たことがない。
ならばどうするか?
剣道ならやってきた。
ここ五年、竹刀を握ることなど一度もなかったが…それまでの九年間やってきたことは、身体がまだ覚えていた。
剣術と剣道は別物。
そう、多分その通りなのだろう。
だが剣道は、何もないところから生じたわけではない。
その源流には、間違いなく『剣術』があったのだ。
ならば涼がやることは難しいことではない。
剣術から剣道に変化してきた流れを、逆に遡上してみればいいだけだ。
簡単ではないだろうけど、きっと出来る。
ま、出来なくとも問題ない。
基本的に、魔法を活かすための剣なのだから。
メインは水属性魔法であり、涼は水属性の魔法使いなのだから。
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